あなたが花に埋もれてしまう前に
みけめがね
あなたが花に埋もれてしまう前に
「枯木さん!付き合ってください!」
目の前の後輩の男子生徒は私に向かって頭を下げる。これで今年何回目の告白だろう。お昼休みや放課後に校舎裏に呼び出されるのも慣れてしまった。
モタモタしている間に男子生徒の顔の花が少し増えている。
「ごめんなさい」
私が若干早口でそう告げぺこりと頭を下げると
「……分かりました」
と言って男子生徒はトボトボと去っていった。
私は大きくため息をついた。貴重な昼休みを半分も無駄にしてしまったからだ
少しざわついた廊下を一人歩く、私が今から向かうのは保健室。今日は正直言って疲れたので月末だし生理痛が痛いと言って1時間ほど寝かせてもらおう。
ドアを開けると机に女子生徒が堂々と突っ伏して寝ている。先客がいたか、見る限り保健の青葉先生はいない感じだ。
しょうがないから机に突っ伏している女子生徒に話しかけてみる。
「あの……青葉先生どこにいるか知ってる?」
「うぅ……先生!?」
彼女はガバッと顔を上げた。
「!」
私は目を疑った。彼女の顔の上半分はいつも通り花に覆われていて見えないが顔の下半分には人間の口元が露わになっていた。
「あなた、なんで口元だけ出てるの……?」
私は寝ぼけ眼の彼女の桃色の唇に思わず手を伸ばしてしまう。
「うわわ! ステイ、ステイ!」
彼女の声でハッと我に帰る。彼女は慌てて机に置かれていたメガネをかける。
「ごっ、ごめんなさい!」
私は全力で謝る。
「びっくりしたー、目が覚めたら知らない生徒が至近距離にいるんだもん……」
彼女は傾いたメガネを直しながら呟いた。
「本当にごめんなさい……」
「大丈夫だって〜ってかまさか三年生!?」
「え? いや二年生ですよ?」
「本当!? 大人っぽいから先輩かと思っちゃった、私も二年生だよ〜」
私、大人っぽい印象なんだ。いくら鏡を見ても納得いかない。
「あ、あの……お名前は?」
「言ってなかったね、
「
「わ、可愛い名前」
「え? 今可愛いって言いました!?」
私は予想外な言葉をくらって大きな声で聞き返してしまう、名前を名乗って可愛いなんて言われるなんて幼稚園以来だ。
「可愛いじゃん! 素敵な名前だって思うよ!」
百合さんの表情は嘘やお世辞という暗いモヤは見えないほど明るかった。むしろ
こんなこと考えている私が暗い暗〜いモヤのような気がしてきた。
「百合さんも素敵ですよ、明るくて素敵」
「ありがとう!胡蝶さんも素敵だよ〜!」
百合さんは突然私にハグをした。
「あわ……!」
「ふふっ、反応可愛い」
慌てる私の耳元で百合さんが囁く、吐息や心音までも伝わってくる。
なんか久しぶりに体温とか、命を感じている気がする。
すると突然ガラッと出入り口の扉が開いた。
「!?」
保健室の青葉先生が最悪のタイミングで戻ってきた。
「「!?」」
私たちは固まった。
「お邪魔しちゃったかしら?」
青葉先生はそう言ってふふっと微笑む。無理もない、生徒二人がハグしあってたらかける言葉としては百点満点の回答だ。
「先生〜小テストやだよおお……」
百合さんがまたもや机に伏せて抵抗するように足をバタバタする。
「頑張ってね、あと昼休み二分もないわよ?」
「花咲さんはいいとして、枯木さんは今日どうしたの?」
「あ、いや……なんでもないので戻ります!」
「え!? 胡蝶さん教室行くの?」
椅子の背もたれに隠れてこっちをチラチラと見る素振りをする。
「青葉先生〜行かなきゃダメー?」
「行きなさい♡」
青葉先生のなんとも圧力を感じる笑顔にねじ伏せられ百合さんも一緒に教室に向かうことになった。
「あーあ、小テストか……」
百合さんはガックリと肩を落とす。
「まぁ……しょうがないね」
昼休みが終わり静まり返った階段を登り教室のある二階に着いた
「胡蝶さん二組?」
「そうだよ?」
「残念、私三組だ、じゃあまた保健室で会おう!」
「そうだね! じゃあまたね!」
この日から私たちは昼休みは保健室に通うことになった。
雑談したり、なぜか置いてあったトランプで遊んだりして特別なような、なんてことないような時間が過ぎて行った。
そんな日々が続いたある日の昼休み、私は体育館倉庫に呼び出された。
(どうせまた告白だ)
そんな私の予想は裏切られることもなく体育館倉庫には男子生徒が一人待っていた。
「胡蝶さん、付き合って……」
「無理です、ごめんなさい」
私はそう言って体育館倉庫を出ようとする。
その瞬間後ろから腕を力強く掴まれる。
「痛ッ……!」
「なぁ…言い終わる前に断るのはちょっと失礼なんじゃないか?」
「離して!」
私は大きなマットの上に押し倒される。
「お仕置きしないとなぁ!」
花の塊は息を荒らげ腰のベルトに手をかける。
「気持ち悪い! 離して!」
私は叫び一瞬の隙をついて間一髪で逃げ出した。
その次の日から私の机にはぐちゃぐちゃの残飯と花瓶が添えられるようになった。
理由は昨日の告白を断ったから。
多分クラスの親玉的な存在な男子だったんだろうがそんなこと知ったこっちゃない。
中学の時の思い出したくもないいじめが蘇って仕方なかった。
そういえば私の花の奇病はあの時からだ、教室の空気はもちろん最悪だった。昼休み、久しぶりに保健室に向かう。
保健室のドアを開けるとすぐに百合さんが振り返る。
だがいつもと大きく違う点があって私は絶句した。
「百合さん……?」
いつも私が見ていた百合さんじゃない。花は百合さんの口元まで侵食していた。
私は一目散に行くあてもなく廊下を走った。涙が止まらない。花が生えた人間は私が信用していない人間の象徴だ。多分深層心理の現れなんだろう。私は心のどこかで百合さんも拒絶しようとしている。
涙で溺れそうな私はぐしゃぐしの視界で屋上の扉を開ける。
嫌になるほどの快晴ってのはこういうことだろう。今は本当にこの空にも花が咲きそうなほど嫌いだ。あぁ、死ぬほど澄んでいる。
三メートルくらいのフェンスに手をかける。死の壁は思ったより高いらしい。
ガシャン、ドアが勢いよく開いた。
振り返る。そこにいたのはもう花だらけになってしまった百合さんだ。印象的なメガネまで花に埋もれかけている。
「百合さん、ごめんね私おかしくなっちゃったみたい……」
百合さんは私を初めて会った時より強く抱きしめる。
「私だっておかしいところだってあるよ?」
「違う!!! 私とあなたは違う……!」
「そうだね、違うよ? 私、苦手な音がいっぱいあるの、例えばシャーペンで紙に何か書く音とか、時計の音とか、教室にありふれた音が苦手だからよく保健室で休んでたんだけどね、その時胡蝶さんが来て、私に『素敵』って言ってくれたじゃん? その時初めて私もここにいていいんだって思えたんだ」
耳元の百合さんの声は終始震えていた。
「私には胡蝶さんの痛みは完全にはわからないかもしれない、でも少しでも理解してくれる人がいれば胡蝶さんは救われるんじゃないかな」
「で、でもきっとあなたも私のことを知ったら…嫌いになってしまう、離れていってしまう……それが怖いの」
私がそう言って顔を上げると百合さんの花弁からは涙が滴っていた。
「胡蝶さんに私、救われたの」
その瞬間風が強く吹き、百合さんの顔の花が色とりどりの花弁となって散っていき。
次に見えたのは透き通るほど青い涙を溜めた瞳だった。
そうだ、よく見ようとしなかったのは私の方だ、でも今ははっきり見える。あなたの瞳に映る私の顔まで、はっきりと、鮮明に。
「私、百合さんのことが好き。百合さんのことは私が1番分かっていたい」
2人の目線しっかりと交わる。百合さんは私の唇に触れた。
「初めて会った日胡蝶さん、私の唇に触れようとしたでしょ?私も触れていい?」
私が頷くと百合さんは私の唇に優しくキスする。
「?!」
心臓がバクバクして、真っ赤になった顔から火が出そうになるほど身体が熱い。
「ふふっ、やっぱり可愛い」
「笑わないでください……」
二人の間を爽やかな青嵐が通り抜ける。
「戻ろっか、保健室に」
「はい!」
私は乾いた涙の跡を手でなぞる。もう、大丈夫。あなたとなら困難も越えられる、そんな気がするから。
あなたが花に埋もれてしまう前に みけめがね @mikemegane
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