第7話 帰宅

 月明かりの満月に、男が女と町を歩いていた。

 左腕の時計を外すのは、確実に違法だ。

 左腕にのない女が、男に語りかけた。

 歓楽街。ピンク色のネオンライトが町を照らして、怪しい雰囲気を醸し出していた。

 小太りな男は話続け、長い髪が乱れた女は、たびたび男の汗を拭っていた。

 男は、幼稚園に入ったばかりの子供の成長とすっかり愛の冷めた妻への不満を漏らした。女は、話を聞いているのか、聞いていないのか分からない笑みで、腕に体をぴったりとくっつけていた。

 夏の暑さは、殺人的で年々厳しくなっている気がする。夜は、熱を冷ましていた。

 目の前に男が立ち塞がった。

「なんだ、ブルーさん、あんた…審問官なのかよ」

「察しがいいですね」

 青木は、谷口に答えた。

 谷口の足が着かなかったのは、横の女が原因だった。腕時計の無い女。つまり、

「無戸籍の人間を抱えであれば、フリーに動ける駒が増える。宮下議員の情報をこちらに流して、上野正臣の失脚狙いですか」

「違う!」

「私は駒じゃない!」

 谷口に続いて、横の女が叫んだ。

「進くんだけが、私のことを馬鹿にしないでくれたの! 私のせいなの、だから連れて行かないで!」

「辞めろ、しゃべるな!」

 谷口が声を荒げた。

 青木はそれに答えることなく、谷口はやってきた警察に引き取られた。

「話は署で聞かせてもらおう」

 佐々木は青木に近づいた。

「この女どうするの?」

 青木の顔には、ネオンライトの影が濃く映った。

「置いていけ。今からでは救えない」




   ******



 夏の暑さは和らいだ頃、とある一室の前に、三宅、青木、佐々木がいた。3人とも武装していた。

「裏切り者がいる」

 部屋を開くと、そこにいたのは、先日も一緒にチームだった--杉本審問官だった。彼は、顔から力が抜けて、やつれてみえた。

 青木と佐々木は、絶句した。しばらくの間の後に、

「三宅審問官!! 裏切り者ってなんすか! 杉本審問官は、ただスコアが下がったってだけで……」

「大声を出すな!」

 叫んだ青木に、三宅は負けじと声を張り上げた。

「俺も分からんのだ。矯正院でも、司法の裁判でもいい。俺らは決められた歯車なんだ」

 杉本が言った。

「やはり来ましたか、お待ちしてました」

 佐々木が言った。

「杉本先輩」

「俺が1人になってから、急に狂気スコアが下がったんだろ? 裏切りの証拠は無いけどな、狂気は間違えないから」

「いや、そんな」

 三宅は制した。

「俺は上野銀行に情報は流してない」

「分かります」

「あのあばずれの女のことも知らない」

「分かります」

「でも、誰かを連れていく必要があるんだ」

「いや、でも」

 この場を制したのは三宅だった。

「今は、立法論をやってる場合じゃない。連行する」

「矯正院はいいところなんすかね、三宅課長」

「それは、お前もよく説明しているとおりだ」

「じゃあ、ダメっすね」

 杉本は笑った。佐々木は言った。

「別に、前科になりません」

「その言葉に意味がないのは、三宅課長がよくご存知でしょう」

「……俺も辛いんだ。こうするのが」

 杉本は、ゆっくりと立ち上がり、手錠をはめるため、自ら手を差し出した。

「青木、佐々木、こうはなるなよ」

 杉本は、青木の肩を叩いた。青木の左腕の時計が1回揺れた。

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