第3話 帰宅

 青木が帰宅すると、佐々木が先に帰っていた。

「青木」

 佐々木はそう言うと、青木は左腕を見せた。


 《狂気スコア:72》


 佐々木は青木の時計から足元に視線をずらした。

「下りすぎ」

「期待値80で何も起こらない方がおかしい」

「辞めとけよ、せめてほどほどに」

 青木は、自分の携帯を開くと、様々な健康情報が表示された。今週は青木が家事の当番である。

「青木、早く洗濯回してくれ」

「うい」

 審問官は2人人チームのバディ制を取っている。理由は「1人よりも2人で暮らした方が狂わないから」である。

 玄関のチャイムが鳴った。「宅配便でーす」

「はいはい」青木は玄関に向かった。佐々木は、炒め物のフライパンに調味料を加えた。



   ******



 キッチンのシンクは綺麗に磨き上げられ、先ほどの夕食の食器たちは、既にそれぞれの居場所に戻っていた。間接照明が柔らかいオレンジ色に部屋を照らしていた。既に夜だった。観葉植物のベンジャミンは適切に管理され、部屋の片隅に1メートル四方の白いケージの中で、ハムスターがからからと音を立てながら、

 青木はソファに座りながら、本を読んでいた。ソファは、緑色で、すこしざらざらしている。低反発で結構気に入っている。本のタイトルは「狂気度スコアを90に保つコツ! 著 狂気アドバイザー 藤本狂一郎」である。

「ねぇ、青くん」

 タブレットで動画を見ていた佐々木が、青木に向いて、少しだけ甘い声を出した。青木は佐々木の左腕を見た。

「なぁに」

 佐々木は青木の視線に気づいて、左腕を見せた。

《狂気スコア:96》

「狂ってないよ」

 青木は、酒を飲ませたかな、と思ってリビングのテーブルを一瞥して、頷いて、佐々木の目を見て、ソファに座った。

「青木、狂い方にはコツがいるんだ。バレないようにそっと狂うんだよ」

 佐々木の目は、まっすぐだった。

「実は、見てほしいものがあるんだ」

 佐々木は、棚の奥の引出しから、銀色の盾と銀色で作られた銃をとりだした。

「これは銀の盾と銃。狂気スコアを90以上、1年間保と貰えるんだ」

「ここは養成学校じゃないぜ。分かるよ」

「そして、銀の弾丸って知ってる?」

「弾丸」

「もっと、正気を保つんだ」

「もっと。噂じゃないのか」

「噂じゃないよ。内閣府のホームページの深いところに書いてあるんだ」

「それがどうした」

「実は届いたんだ、僕と青くんの分だ」

「え、俺の分って」

「いいんだ。二人でずっと狂気スコアを保ったお祝いだよ」

 佐々木は、机の上に、銀色の弾丸を2つ置いた。

「ここからが噂だよ。実は10000個の中に一つ、本物が入っているらしいんだ」

「撃てるか、試してみる?」

 彼の左腕は震えなかった。

「悪い冗談だ。もう寝よう」

 佐々木は、優しく頷き、部屋の電気を消した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る