誤解される恋人
三鹿ショート
誤解される恋人
彼女は、常に相手を射殺さんばかりの鋭い眼光を放っている。
逞しい体格であり、その口を動かすこともほとんどなく、表情も変化することがないために、他者から避けられていた。
それに拍車をかけていたのは、その外見に起因する噂だろう。
その噂とは、単独で他の学校の不良たちを叩きのめしたことは一度や二度ではなく、街を歩けば必ずといって良いほどに性質の悪そうな人間たちが頭を下げるという内容だった。
自分と同じような人間たちを集め、光が当たらない世界で幅を利かせ、学生とは思えないほどの金銭を得ているという話も存在していた。
だが、彼女はそのような噂が広まっていることを知らなかった。
何故なら、その噂を伝えてくれるような人間が存在していないからである。
それは、彼女の機嫌を損ねてしまうのではないかと人々が恐れているわけではない。
単純に、彼女は友人などといった存在とは無縁だったからだ。
実際の彼女は噂のような人間ではなく、確かに体格は良いが口下手で、人見知りであり、暴力を好んでいない性格だった。
だからこそ、彼女は噂を否定することもできず、彼女が強者であるという話が独り歩きしてしまっていたのだ。
私が彼女に代わってそれを実行することも可能だったのだが、噂の内容を知った彼女はそれを望まなかった。
「あなたが、私の命令で動いているような使い走りだと思われることを望んでいないのです」
自分にとって不名誉ともいえる噂を否定することよりも私のことを案ずるとは、やはり彼女は、良い人間である。
ゆえに、多くの人間が彼女のことを誤解していようとも、私だけは、彼女の味方で存在し続けようと決めた。
***
彼女と共に帰宅していると、性質の悪そうな人間たちが姿を見せた。
話を聞くと、どうやら彼女の噂が本当かどうかを確かめに来たということらしい。
彼女は表情を変えていないが、手が震えているところを見ると、恐怖で動くことができないようだった。
彼女を守るために、私は首領と思しき人間の前に一歩出ると、
「これから二人で食事をしようと考えていたが、良ければ、きみたちもどうだい。殴り合って禍根を残すよりも、互いに仲良くしていた方が、より良い人生を送ることができると思うのだが」
笑みを浮かべながらそう告げると、私は何時の間にか近くの塵捨て場に吹き飛んでいた。
頬の痛みから、殴られたのだということを知った。
彼女は慌てて駆け寄ろうとしてくれたようだが、首領に行く手を阻まれてしまった。
その反応から、私が弱点だと知ったのか、仲間たちが次々と私に対して暴行を加え始めた。
首領は私を指差しながら、
「彼を救いたければ、此方の相手をしてもらわなければならない」
そう告げながら、上着を脱ぐと、逞しい肉体を露わにした。
首領が彼女に握り拳を向けたが、次の瞬間、相手は宙を舞った。
何が起こったのか、その場の人間全てが分からなかっただろう。
首領が地面に落下したところで、顎を下から突き上げられた結果、宙を舞ったのだということに気が付いた。
一撃で沈められた首領を目にした仲間たちは、一目散にその場から逃げ出した。
***
彼女は涙を流しながら、私に謝罪の言葉を吐いた。
「噂が広まることを阻止していれば、このような事態が訪れることはなかったでしょう。あなたの傷の原因は、私に存在しているのです。あなたと親しくしていなければ、あなたが傷つくこともなかったはずなのです」
恋人を想い、悲しむこの姿を見れば、噂は噂であり、真実の姿は異なっていると、人々は知ることが出来るだろう。
彼女のことを想えば、そうするべきなのである。
しかし、それよりも先に、私にはするべきことがあった。
私は、彼女の頬を軽く平手で打った。
当然の行為に目を丸くする彼女に、私は問うた。
「きみは、私と親しくしていることを後悔しているのか」
その言葉を聞くと、彼女は首を横に振った。
私は彼女の肩に手を置きながら、
「悪いのはきみではなく、暴力を振るった人間たちである。そして、そのような人間たちを刺激することになってしまったのは、噂を広めた人間が存在していたからだ。きみは、何一つ悪くは無い。全ては、外野が勝手に動いた結果なのだ」
私は彼女の頬に手を添えながら、
「私は、きみと親しくなることが出来たことを一度も後悔したことはないが、きみが悲しい顔をしていると、私までもが悲しくなってしまう。大多数の人間に対して無理に愛想を振りまく必要はないが、私の前だけでは、素直で明るいきみのままで存在してほしいのだ」
彼女の双眸から、みるみる涙が溢れていく。
そして、彼女は私を抱きしめた。
あまりの強さに骨が何本か折れたような気がするが、ここは耐えてこその恋人である。
***
その後も噂は広まり続けていたが、我々がそのことを気にすることはない。
我々にとって重要なことは、どれほど互いを愛することができるのかということだったからだ。
ただ、彼女に申し訳が無いと思ってしまうことは、彼女の魅力が他者に伝わることを避けるために、噂が広まることに対して私が否定的ではないということだった。
自分でも、醜い思考だと想っている。
だが、彼女の笑顔を独占することができる喜びを知ってしまっては、誰もがそのような選択をすることだろう。
誤解される恋人 三鹿ショート @mijikashort
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