ボツネタ
卓上醤油さしを手に持ったまたま異世界転移した結果
ある朝、
すると突然、まばゆい光が彼の体を包み、その明るさに目が眩んで彼は思わず目をつぶった。
そして彼が再び目を開くと、そこには中世ヨーロッパのような街並みが広がっていた。
「ここは……どこだ?」
キッ●ーマンの醤油差しを手に持ったまま、佐藤はあたりを見回した。通り沿いには赤い三角屋根の建物が立ち並び、金髪碧眼のコーカソイドに加えて亜人や獣人、ドワーフのような異形のものたちが行き交っている。
佐藤があまりにもファンタジーじみた光景に唖然としていると、
「兄ちゃん、何してんの?」
後ろから声をかけるものがあった。佐藤が後ろを振り向くと、そこには筋肉隆々の屈強な男が立っていた。剣士なのか、彼はエクスカリバーのような大きな剣を携えていた。
「いや、えっと……」
はじめ佐藤は状況を掴みかねていたが、そのうち一つの結論を導き出した。
(このところ、徹夜続きだったからな……。長年の社畜生活でとうとう頭がイカれたか)
目の前で繰り広げられているファンタジーよりも今開発しているプログラムのデバッグのことが頭に浮かんできて、彼は醤油差しをギュッと固く握り締めた。
「……どうしたんだ?」
剣士の男は神妙な顔で佐藤に再び話しかけてきた。
「お前、ひょっとして転移者か? たまに来るんだよな」
(この幻覚、消える気配がないな)
「はい、たぶん……」
佐藤は曖昧な返事をした。するとその剣士の男は胸を叩いて、
「よしよし、この街のこたぁ俺に任せとけ。色々案内してやるよ」
そう言って微笑んだ。
(夢にしちゃリアルだよなぁ……。まあ、そのうち目が醒めるだろう)
睡眠も大事かと諦めた佐藤は、男のチュートリアルに付き合ってやることにした。
「ところで、手に持ってるその黒い液体は何なんだ? インクか?」
男は首を傾げた。これには佐藤も苦笑した。
その剣士の男はジャンと名乗った。ジャンは佐藤を街の近くにある草むらに連れていった。
「いいか、まずスライムを倒してレベルを上げるんだ。『バーニングソード!』」
ジャンはそう叫びながら彼の身長ほどもある大きな剣を振り回した。するとその辺の草に混じっていたスライムたちが次々と切断されていった。
「ハハ! どうだ、すげえだろ?」
ジャンは歯をむき出しにして得意げに笑った。
しかしこの時、なぜか佐藤は切断されたスライムを見てこんなことを思った。
「これ……、なんかお刺身っぽいな」
確かに、バラバラに切断されたスライムは透明なイカのようにも見える。そして佐藤は今、ちょうど醤油差しを持っていた。
物は試しだ。
佐藤はまだ火が消えていないスライムの肉片に醤油をドボドボとかけ始めた。
「おいっ、お前何やってんだっ?」
ジャンが話しかけるも、佐藤は適当にその辺で拾った小枝二本を箸代わりに、スライムをつつき出した。
「いや、食えるかと思って……」
「生でスライムを食うやつがいるか。やめとけ、やめとけ」
流石に呆れたのか、ジャンは佐藤をたしなめた。しかし佐藤は本当に食べる気満々であった。
(さすがに生は衛生的な問題があるか……)
佐藤も異世界転移初日から食中毒は嫌だった。
「ジャンさん、ちょっとこれに火をつけてくれませんか?」
「何言ってんだ」
「いいから」
佐藤に言われるまま、ジャンは醤油のかかったスライムの肉片にもう一度火をつけた。
すると火が入ったことで醤油が香り、スライムからイカ焼きを思わせるいい匂いがし出した。
「この虫の絞り汁みたいなやつ、思ってたよりいい匂いだな!」
ジャンが見守る中、佐藤は焼けたスライムを頬張った。
「うまい」
「マジか?」
「とにかく食べてみてください」
はじめ半信半疑だったジャンも、スライムを噛み締めるうちに納得したような顔になった。
「塩味のものは食べたことあるけど、こういうのは初めてだ。これ、なんていうんだ?」
「醤油です。日本で一般的に使われているソースですよ」
「へえ」
こうして二人は、スライムの醤油焼きを堪能した。
そして佐藤幾多郎は天啓を得た。
「ひょっとしてこれ……売れるんじゃないか?」
プ●ジェクトX「異世界醤油〜男たちの戦い〜」
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