第15話:陽毬とジェラピケ①
「ななななななんですかこのお洋服は!?」
今日も今日とて、『タマにはゆルリと!』に出演している
「何って……かの有名なジェラピケだよ? 今日はジェラピケパーティ回だから!」
「じぇらぴけ……」
「おっ」
玉川さんのアンテナが何かを受信した。
「もしかして陽毬ちゃん、ジェラピケ着るの初めて?」
「はっ、着たことあるんですよ!? じぇらぴけですよね!」
「へえー?」
玉川さん、意地悪な顔してるなあ。
「そりゃあもう、女子高生なわけですから? じぇらぴけを着ているんですよ?」
「いつ着るのー?」
「い、いつ……学校から帰ってきたら……?」
「……まあ、たしかに」
あんまり上手に引っ掛けられなかった、と玉川さんが次の策を考え始める。
「あ、陽毬ちゃんってコンビニ行く時とかはジェラピケ着るタイプ?」
「まあ、そうですね? 現役JKたるもの、コンビニはじぇらぴけです」
玉川さんがニヤリとすると同時、
「「「ええ……」」」
カメラに映っていないスタッフさんたちが若干どよめくのが2人のピンマイク越しにこちらに届いた。
「へ? だめですか……?」
と、戸惑う陽毬から少し遅れて、画面が白くなる。
『ええ……』『ええ……』『コンビニに行くのはちょっと……』『ええ……』『私の働いてるコンビニに着て来て欲しい』『おっふ……』
「あれ!? みなさんもだめって言ってますね!?」
髪の毛を逆立てて驚く陽毬と、爆笑する玉川さん。
「ちなみに陽毬ちゃん、ジェラピケってなんの略か知ってる?」
「りゃ、りゃく!? 何かの略なんですか?」
「え、知らないの?」
「知ってるんですよ? えーっとえーっと」
陽毬の目がめっちゃ泳ぐ。
「じぇら……ジェラシー……ぴけ……ぴけ……ぴけー……」
ぶつぶつと言ってから眉間に皺を寄せて、陽毬は玉川さんにクレームみたいに言う。
「いや、『ぴけ』は無理じゃないですか?」
「無理って何!?」
玉川さんは再び爆笑する。
ということで、その後、陽毬は俺の部屋に来た。
「あのー、
「敬称多いな」
こういう言い方をする時は、陽毬は少し気まずい頼み事をしようとしている時だ。
「わたし、じぇらぴけが欲しいです……」
三井寿か。
「意外だな。気に入ったのか?」
「だってすごいんだよ!? なんていうのかな、あの生地。とぅるとぅるしててさらさらしててふわふわでぬるぬる動くの!」
「ぬるぬる動くのか?」
「間違えた! アニメを褒める時の言葉だった!」
「だな」
まあ、何を褒める時にでも『ぬるぬる動く』って言っちゃうのはオタクあるあるだ。(本当に?)
「で、連れて行って欲しい、と」
「うん……その……結局瑠璃さんはジェラピケが何の略が教えてくれなかったし……」
「ググれば一瞬で出てくるけどな。……ほら、ここらへんだと、池袋が一番近いらしい」
「そう、だけど……」
「?」
ややあって、陽毬は呟く。
「…………洋服屋さんは魔境です」
「だな」
同意。
「でも、ま、それこそ一回買いに行ってみないと。何事も経験なんだろ?」
「うん……伶くん、連れてってくれる?」
「いいよ、行ってみよう」
……ということで、次の休日、デパートの中に入っている店舗に来てみたものの。
「まじか……!」
この甘くてふわふわな雰囲気、男にはなかなかハードルが高い!
「伶くん、どうしよう……!」
「って言っても、いくしかないだろ……!」
2人で恐る恐る店の敷地に踏み込む……!
「いらっしゃいませ〜♪」
「は、はいっ!」
陽毬が店員さんの挨拶に応じる。それはしなくていい。
「は、これは、じぇらぴけだ!」
ポケモンのナレーションみたいなことを言った陽毬が嬉しそうに陳列されている商品に触れる。
「うわあ〜ぬるぬ」「陽毬さん間違ってる」
俺は陽毬の口を手のひらで塞ぐ。この良く通る素晴らしい声で『ぬるぬるしてる!』なんて言おうものなら、営業妨害にもほどがある。
「でも、ほら、伶くんも触ってみなヨォ」
「語尾」
ツッコミを入れながら、そこまでなのだろうか……と、俺も触ってみる。と。
「うほぅ……」
変な声が出た。
なんだこの触り心地! ぬるぬる動く!
俺が感動していると、陽毬が俺の袖口をくいくいとつまむ。
「どうした?」
見やると、陽毬は覚悟を決めたような表情で俺を見上げていた。
「……伶くん、わたし、これから大きな一歩を踏み出そうと思います」
「まさか……」
「店員さんに……話しかける……! 聞きたいことがあるの……!」
「そ、そうか……!」
サイズのことだろうか、値段のことだろうか。
なんにせよ、陽毬がその勇気を持って行動するのは素晴らしいことだ。
「頑張れ、陽毬」
「うん……!」
そして、陽毬は店員さん(女性)に話しかけた。
「あ、あの、すすすすみません、店員さんですか?」
「はい♪ 店員です♪」
そりゃそうだろ。
「あのあの、ちょっと質問があるんですけど……いいですか?」
「はい、もちろんです♪ なんでしょう?♪」
「その……」
ニコニコ営業スマイルの店員さんに、陽毬が尋ねたことは。
「お仕事中にパジャマを着てるってことは、パジャマが仕事着ってことですよね? 寝る時何を着るんですか?」
「……はい?♪」
何聞いてんだよ……。店員さんもかろうじてスマイルは崩れてないけど、かなり困った顔してるぞ。
「あ、ごめんなさい、えっと、つまり……寝る時、お仕事してるみたいな気持ちになっちゃわないかなって、そういうことが聞きたかったんですけど……的外れな質問だったらすみません……!」
的外れっていうか。的から外れすぎて、「あれ、もしかしてそっちに別の的があったの?」って感じだ。
「うーん、そうですねえ……♪」
店員さんは唇の端に人差し指をあてて少し考える仕草を見せた後、
「私はジェラピケの商品が大好きなので、ジェラピケを着ながら出来るこのお仕事、すっごく気に入ってますよ♪」
「へえええ、そうなんですねえ……!」
陽毬が目を輝かせる。ジェラピケの店員さんになりたいとでも言い出しそうな感じだな……。
「それでは、こちらをください!」
「はい、こちら……Sサイズですね♪ ……念の為Mサイズも試着しておきますか?♪」
「はぅ!? そ、それは……そうですよね、わたし太ってますもんね……」
「あーいえそうではなくて……♪」
店員さんの頬がひきつる。無自覚チートモノの漫画読んでるとそんな感じになりますよね。
「まあ、とにかくこちらへどうぞ♪」
試着室に連れて行かれた陽毬。一人にされると俺は所在なさすぎるので、とりあえず店の前の廊下に出る。
少し待っていると、
「彼氏さん♪ 彼女さんのお着替えが終わりましたよ♪」
と声をかけられる。
「彼氏じゃないです」と否定する間もなく店員さんは試着室まで戻る。
「ど、どうかな、伶くん……?」
「いいと思う」
「そ、そっかあ……!」
別に俺に陽毬の選んだ服を否定する権利もないが、実際似合ってると思う。配信で見た時から思ってた。
結局Mサイズを買うことにしたらしい。まあ、寝巻は、ゆるやかなサイズの方がいいよな。
レジに向かいながら、店員さんが俺に尋ねてくる。
「彼氏さん、プレゼントですか?♪ 彼女さん、お誕生日とかですか?♪」
「あ、いや、別に何かのお祝いってこともないですけど……」
と、俺が財布を出そうとしたその時。
「わたし、自分で買うんだよ!?」
と陽毬が俺の腕をつかむ。
「そ、そうか」
まあ、たしかに俺が買ってやる義理もない。ないんだけど。
明らかに店員さんが、「あれ?♪ 彼氏さんが買ってあげるんじゃないんですか?♪ 自分で買わせるんですか?♪ この明らかに年下の彼女さんに?♪」という目でこちらを見ているんだよな……。
「伶くん、あまりわたしを甘やかさない方がいいよ……?」
眉間に皺を寄せる陽毬。ううーん、正しいだけに何とも言い返せない……!
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