第5話:陽毬とプール①
「伶くん、一緒に水着買いに行こう?」
「なんでそうなるんだよ……?」
俺の部屋に来るなり意味不明な提案をしてくる
「だって、
「それは観てたけど……」
* * *
それは、今日も今日とて陽毬が出演していた
「いやー、陽毬ちゃん、すっかり夏だね!」
両手を広げて天を仰ぐように言う玉川さんと、
「ほんとそうですね……」
肩を落としてため息をつく陽毬。
「テンション低いな! 陽毬ちゃん夏は嫌い?」
「夏が好きな人とかいるんですか?」
「結構いると思うけど! あたしも夏大好き! いえーい!」
「うわあ、やばいです怖いです……」
「うーん陽毬ちゃんにやばいって言われる日がくるとはねー……」
渇いた笑みを浮かべる玉川さん。『ちーん……』とトライアングルみたいな効果音が聞こえるようだ。
「やっぱあれなの? アウトドアとか嫌いって感じ?」
気を取り直した玉川さんが質問する。
「はい、外ってアニメ見られないじゃないですか。ゆるキャン△は好きですけど、自分が外に出るのはちょっと……」
「そうなんだ。じゃあプールとかも行ったことないんだ?」
「…………あるんですよ?」
「いや、
玉川さんが笑いながらツッコむ。
「絶対行ったことないでしょー! 陽毬ちゃんが『
「そんなことないんですよ?」
「目が泳いでるよ! プールに行ったことない話してるのに!」
お、玉川さん座布団一枚。
「わ、分かりました! そんなに言うんだったら、しょ、証拠を提出してみせましょう!」
「証拠ー? 写真とか?」
「は、はい! 今はありませんが……次回出演するまでに家のタンスをひっくり返して証拠写真を探しておきます!」
「うーんタンスひっくり返さないと見つからないほど奥深くにある写真に写る陽毬ちゃんは幼女か童女な気がするなあ! ていうか、陽毬ちゃんの小さい頃ってもうデジカメあるよね? プリントしてるの?」
それについては、陽毬の両親がフィルムカメラ派なのだ。
「ちゃ、ちゃんと大きくなってからの写真にしますよ! でじたる写真!」
「はいはい、これから行くんだろうけど、楽しみにしてますよ……って、あれ?」
玉川さんは陽毬の胸元を見ながら目を細める。
「……陽毬ちゃん、水着って持ってる?」
「え、それはほんとに持ってますよ? 学校の授業で使いますから……」
「おっけー分かった。『ほんとに』って言って他が嘘だっていうのを認めてるところも引っかかってるけどそれ以上に……陽毬ちゃん、スク水で証拠写真とやらを撮ろうとしてるね!?」
「してないんですよ!?」
図星!と顔に書いてある陽毬。
「だめだよ!? 陽毬ちゃんのそれはちょっとさすがに犯罪だ! 写真なんか撮ってこなくてもいい!」
「いいえ、わたしはプールに行きま……行ったことがあります! だって、わたしくらいの年の子はみんな行ったことあるんですよね?」
「まあ、そうだろうけど……」
「じゃあ行きます。絶対に行きます。今後出演するアニメで、プールに行くシーンが絶対にあります。水着回はど定番です」
「
はあ、と玉川さんは溜息をついて、人差し指を立てる。
「分かった。じゃあ行く前に一個だけお願い」
「なんでしょう?」
「あたしと水着買いに行こう? 健全な水着を選んであげるから!」
「………スクール水着よりも健全な水着があるんですか?」
「結構あるんだなあ、それが!」
* * *
「それで、どうして上原さんも来ることになるんですか?」
玉川さんが呆れ顔で俺を見る。おしゃれなのか変装なのか、キャップをかぶっているが、なんだかカジュアルな感じがよく似合ってる。
ここは、俺と陽毬の最寄駅からバスで10分くらい来たところにある、でかいショッピングモールだ。
「俺もここに入ってる楽器屋に用があったんですよ。ちょっと録りたい楽器の音があって。そのついでに引率というか」
「……池袋にも楽器屋さんありますけど?」
「別にこっちでもいいじゃないですか」
「もう、過保護だなあ。……で、陽毬ちゃんは今何を?」
玉川さんは呆れ顔を俺の左下——到着したバス停のベンチに座って小説を読む陽毬に向ける。
「あー……この章が終わるまでは動かないと思います」
陽毬は車酔いをするため、バスの中では読書系のコンテンツを消費することが出来ない。ということで、今読んでいるラノベをバスに乗ってる間だけ朗読してやっていた。
目を閉じて聞いていた陽毬だが、少々中途半端なところで到着してしまったため、「あまりのところだけ読ませて」ということで、降りたところにあったベンチで読んでいるのだ。
「普通に甘やかしすぎじゃないですかね?」
「いや、なんていうか……朗読を褒められると多少嬉しくなってしまうのって分かりませんか?」
「そりゃ分かるに決まってますよね、声優ですから。自分の声で人が喜んでくれるのとか最高じゃないですか」
眉根を寄せたまま玉川さんは答える。セリフと表情が噛み合ってない……。
「それに、音響監督志望としては、実際に読んで聞かせるのを実践することでこちらにも学びがあるっていうか」
「ふうん。なんか、勉強熱心なのか歪んだ共依存なのか分からないですね。どっちもですかね?」
「結構言いますね」
「ていうか、地味にずっと気になってたんですけど、上原さんと陽毬ちゃんって、幼馴染なんですよね? ……上原さんって、
「22です。専門学校出てから今の仕事してるので」
「あ、そうなんですか。あたしの1つ上なんですね」
「ですね」
「え、あたしの年齢知ってるんですか……?」
うわ、と玉川さんは自分の体を抱くようなジェスチャーを見せる。
「演者の歳を知ってるくらいでそんな変態みたいに扱わないでくださいよ……」
「ふうん……。あーあ、あたしにも欲しかったなあ、お兄ちゃんみたいな存在。お兄ちゃんって憧れありますよ、実際」
「俺は別にそういうんじゃ……」
「え、じゃあそういう目で陽毬ちゃんを見てるんですか?」
「語弊」
と、ちょうどその時、陽毬が声をあげる。
「お待たせしました!」
「よし行こうか、陽毬ちゃん。あそこの変態お兄さんから距離を置こうね」
「……伶くんはそういう人じゃないですよ?」
流れ解散的に男女別行動して、水着屋さんの前で再集合した時、お店から一人で出てきた玉川さんはなんだかげっそりして見えた。
「どうしました?」
「……上原さん、世界って不公平だと思いません?」
「はい?」
「陽毬ちゃん、あんなに小柄なのに……なんで……なんでだと思います?」
「あー……ノーコメントで」
「あたしの方がお姉さんなのに……!」
玉川さんはすらっとしてて良いと思うけど、『どこ見てるんですか?』と言われることうけあいなので、何も言わない。
そして、お会計を済ませて出てきた陽毬と共に、またバスに乗る。
玉川さんは「スタバでも寄ってく?」とまた誘ってくれていたが、陽毬は「アニメ見るんで!」とにこやかに手を振った。
「よし、伶くん。次は、本番だね」
「本番……?」
俺が首を傾げると。
「もう、なんのために来たと思ってるの?」
「いや、まさか……」
「次はプールに行くに決まってるよね? アニメだったらまだAパートしか終わってないよ!」
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