第3話:陽毬と漫画喫茶
それにしても、どうして陽毬はあんなに顔を真っ赤にしてたのだろう……? と思い出していた頃、
「おまたせ、
少しおめかしした陽毬が俺の家まで迎えにくる。迎えに来ると言っても、陽毬の家から俺の家まで徒歩1秒だけど。
「じゃ、行くか」
地元の駅には漫画喫茶がないため、電車に乗って
空き時間全部エンタメ摂取に使うマンである陽毬は、当然、電車に乗った瞬間にスマホに顔を落とす。今日は電子書籍でマンガを読んでいるらしい。これから行くところでいくらでも読めるのに……。
まあ、そうしていてくれると、ただ隣に座っているだけの知らない同士に見えるから、変に身構えなくてよくて少し気が楽ではあるんだけど。これでも
俺もiPadで脚本を読んでいると、先日スタバに行った駅を通過する。と、その時。
「伶くんに報告があるんだ」
「あれ、マンガ読んでたんじゃないのか?」
「ちょうど
ちょいちょい、と俺のひじのあたりを引っ張る。そんなことしなくてもちゃんと聞いてるよ。
「わたしね、この間、たまたま
「へえ」
この間のプチ事件の後に分かったことだが、
「それでね、誘われて、あのスタバに行ったんだあ」
「へえ……!」
俺は感心のため息を
「そっか、陽毬も友達とスタバでだべったりするようになったか……!」
なんだろう、この気持ち……。嬉しい中にほんのちょっとの寂しさがあるというか……そっか、これが親心か……。
……と思っていたのも束の間。
「ん? ううん、持ち帰りで買って帰ったよ?」
「え?」
「初めて『テイクアウト』って言ったんだから!」
胸を張る陽毬さん。どうやら初めてテイクアウトしたことを俺に報告したかったようだ。
とはいえ俺が気になるのは別のことで。
「なんでテイクアウトにしたんだよ……?」
「いや、早く帰ってアニメ見たかったからだけど……」
『なんでそんな当然なことを聞くの……? というか伶くん、テイクアウトしたの褒めてくれないの……?』と言わんばかりの表情。
「へ、へえ……。一応確認だけど、玉川さんはなんて言って誘ってくれたんだ?」
「ん? 『スタバ寄ってく?』って」
「いや、寄ってはいるけど」
「? 伶くん、何言ってるの?」
「なんでもない……」
玉川さんに今度、陽毬に悪意や他意はないんだということを伝えておかないとな……。
「ちなみに、帰る時、玉川さんはどんな顔してた?」
「…………」
俺が問いかけた頃には、陽毬はもうマンガの世界に没頭していた。もう慣れっこだけど。
終点・池袋駅に着く少し前に俺は陽毬の肩を叩く。
陽毬はキリがいいところまで読まないと席を立つことが出来ないため、到着してから肩を叩くと降り損ねることがあるのだ。
電車を無事に降りた俺たちは、俺が学生時代に終電を逃した際
「こ、ここが漫画喫茶……!」
ごくり、と
「なんでそんなに緊張してんだよ?」
「き、きき、きんちょうなんてしてません!」
「なんで敬語……」
「と、とにかく、わたしが自分で入店するからね、伶くんは見守っててね」
「はいはい」
「……でも、一緒に入ってね?」
なぜか上目遣いでいじらしい感じで言ってくる。
「はいはい」
「もお、伶くんもちょっとくらい緊張感持ってよ!」
「なんでだよ」
いざ、入店。
「いらっしゃいませー」
「こ、こここんにちは!」
「お客様、少々声を……」
落としてください、とジェスチャーで言われる。
「す、すみません……!」
陽毬は声が良く通るから、ちょっと声をあげると想像以上に大きく聞こえちゃうんだよな……。
「プランはどうなさいますか?」
「あ、あの……なかったら恥ずかしいんですけど、これって、マンガが読み放題のプランってあるんですか……?」
「え?」
「ご、ごめんなさい、そんな贅沢なプランはさすがにないですよね……! ごめんなさいわがまま言っちゃってごめんなさい……」
「あ、いえ、そうじゃなくて、どのプランもマンガは読み放題ですが……」
「ほんとうですかあ……!!」
陽毬が目を輝かせる。よかったな、陽毬……。
「それで、プランはいかがなさいますか……?」
「えっと、マンガ読み放題プランで……!」
「基本プラン、3時間プラン、フリータイムプランとございますが……」
「じゃ、じゃあ、き、基本から始めたいと思います……」
「はい、では基本プランで。お席はどうなさいますか? ソファータイプかフルフラットか……」
カウンターにある写真を指差す店員さん。
「あの、この個室?のお部屋はだめですか?」
「あー……そちらは18才未満のお客様は使えないのですが、お客様身分証明証はお持ちですか?」
「ひゃっ……!? や、やっぱりそうなんだ……」
そうなんだ、とは?
「だ、だいじょうぶです。そ、そふぁにします。漫画は座って読んだ方が姿勢が保てるので結局疲れなくて長く読めるんです」
要らん情報なようなちょっと有用なような。
「かしこまりました。それではこちらの席にどうぞ。ごゆっくりお過ごしください〜」
伝票をもらって中に入る。
ブースに行く前にマンガの本棚に寄ると、陽毬は目をきらきらに輝かせて、「どれにしよう……」とパラパラめくり始める。……のを、腕を掴んで
「なあに、伶くん……?」
「ここでめくったら陽毬は少なくとも一話読み終えるまで動かなくなるだろ」
「いやだなあ、そんなことないよお」
あははーと笑う陽毬。
「そんなことあるから言ってるんだよ。席に戻ってからにしよう。別にいくら読んでもいいんだから」
「もう、伶くんは心配性なんだから……!」
「自覚を持て、自覚を」
陽毬を初めて図書館に連れて行った時もまったく同じやりとりをしたなあ、と思い出す。あれは10年くらい前のことだろうか……。
ブースに入って、ソファに座る。
陽毬はすぐに漫画を開くかと思ったが、太ももの上に両手を握りこぶしで置いてきょろきょろと周りを見回している。
「……で、なんでそんなに陽毬はそわそわしてるんだよ?」
「へ? あ、うん……」
俺がずっと気になっていたことを尋ねると、陽毬はまた唇をもにょらせる。
「……あのね? わたしが出演する作品で主人公の男の子とわたしの役が漫画喫茶に来るって言ったでしょ? その作品のそのシーンで……伶くん、こっち来て?」
「?」
ちょいちょい、と陽毬は余った袖で俺を手招きをする。耳を貸せ、と言うことらしい。
「主人公の男の子に、ヒロインが勇気を出してね、」
陽毬が耳元で囁く声が、極上のASMRよろしく俺の鼓膜をくすぐる。
「あ、ああ」
陽毬が何かを思い切ったように息を吸う音が聞こえた直後。
「……きす、するから……」
「…………!」
これには、陽毬と十数年間一緒にいる俺でもみぞおちを掴まれるような感覚に
ふとそちらを見ると、陽毬の顔が——唇が、文字通り目と鼻の先にあり。
「「…………っ!」」
二人ともにバッと顔を逸らす。
「……ほんとになっちゃうところだった」
後日。
玉川瑠璃さんの生配信『タマにはゆルリと!』に、また陽毬がゲスト出演した。
「ていうかルリメイトのみなさん、聞いてくださいよー」
「るりめいと?」
ルリメイトはこの番組の視聴者の呼び方だ。
「この間スタバに寄ってこうよって誘ったら陽毬ちゃん、まさかのテイクアウトしたんですよ!」
「はい、わたし、テイクアウト頼めるんです!」
それは得意です!くらいの勢いで言う陽毬に、
「まじで褒めてないから! 相変わらず天然だね!?」
とツッコミが入る。
「それで陽毬ちゃん帰っちゃったから、あたし、結局一人でスタバでマンガ読みながらカフェモカ飲んだわあ。マグカップで出してもらっちゃったから、持ち帰れないし……。セルフ高級漫画喫茶かよってね」
そう言ったあと、玉川さんは少し意地悪な顔になる。
「……って、陽毬ちゃんは漫画喫茶は行ったことないかな?」
「まさか! 行ったことあるんですよ!」
また若干変な口調で胸を張る陽毬。
「え、そうなの? 意外!」
「はい! れ……親友と一緒に行ったんです!」
「ああ、親友さん……」
事情を知っている玉川さんは呆れ顔で渇いた笑いを浮かべる。なんかすみません……。
「楽しかった? 陽毬ちゃん、ずっとマンガ読んでそう」
「? 漫画喫茶ですから、それはそうですよね? 他に何を…………ぅあ」
言いながら陽毬が何かに気が付いたみたいに変な声を出す。
「『ぅあ』って何?」
「なんでも、ないです……!」
なぜか頬を赤く染めて語気が弱くなる陽毬。
「んん、なんか怪しいね!?」
「いえいえ、そっか、瑠璃さんは大人ですもんね……」
「んん!? よく分かんないけど、あたしに変な印象付けるのやめてくれるかな!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます