第1話 迷い込んだ私

「サクラは、どうしてここに?」


 私の手を握ったまま、『九尾の狐』は聞いた。


「どうして・・・?えっと、気付いたらここに居て・・・」


「知らない?本当に何も心当たりはありませんか?墓石を蹴飛ばしたりとか、神社に火をつけたりとか、そういうのも一切していない?」


「誰がそんなことするんですか?」


 私は思わず言う。


「過去にここに来た人たちが。聖域を荒らしたとか、神界に喧嘩を売ったとか、そういう人たちばかり、迷い込んでいましたから」


 だから、私もその類に思われたのだろう。


 ところで、この人(?)は何時まで私の手を握っているつもりなのだろうか?


 そろそろ手汗など、気になることもあるのだが。


「あぁ、すいません」


 念が通じたのか否か、ようやく私の手が解放される。


 湿気を逃がすために、身体の横で手を振る。


「何処か、行く当ては?」


「え、ないですけど・・・」


「それもそうですね。すみません」


 当たり前だ。


 今日来たばかりなのだから。


「では、行きましょうか。夜になる前に隠れた方がいい」


「夜になると、何かあるんですか?」


「えぇ。ちょっと、ね」


 『九尾の狐』は不気味に笑って見せる。


 そうして私を連れて歩き出す。


「えっと・・・何処に?」


「私の知り合いの家に匿ってもらいます。まぁ、そこに居るのも人ではありませんが」


「人ではない・・・?」


「えぇ。でも、人の形はしていますよ」


 意味が判らない。


 しかし、私が不思議に思っている間も、『九尾の狐』は崖へと進んでいき、その一端に取り付けられた階段を、崖の中ほどまで下りて、そこにあった木造の建物の戸を、3度、叩いた。


「はいはいはいはい」


 数えきれないはいとともに顔を覗かせたのは、和服を着た20代くらいの女性だった。


「何の用だい?面倒ごとに付き合う気はないからね」


 見た目にそぐわない喋り方だ。


「別段面倒を押し付けようだなんて。そんなこと、した覚えがありませんが」


 言って、私の背中を押して、


「この子を匿ってもらいたい。どうやら、迷い込んだらしい」


 言われると女性は、私の顔をまじまじと見て、


「フン・・・名は何というんだい?」


「あ・・・石津朔良です」


「サクラか。じゃあ、お入り。数日ならここに居てもいい」


 女性は私を招き入れる。


 私が入るのを躊躇っていると、女性は私の手を引いて無理矢理建物に引き込んだ。


「それでは、お願いしますね」


「あぁ。任されようじゃないか」


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