邂逅 3

その日は俺も早めに切り上げて帰った。翌日、俺はいつもより早めに来て海月が来ないかと待った。


 ここで諦めるわけにはいかない。俺の将棋人生が決定される大事な対局と言っても過言ではないのだ。なにがなんでも海月には承諾しても貰わなくてはならない。


 少しして、和室の玄関が開く音がした。続けて襖が開いて海月が見えると同時に、俺は頭を下げた。


「お願いします! 今度の対局ついてきてください!」


「うわ! なんですか急に!」


 海月が後ずさりするのがわかった。


「昨日は頼む相手に敬意が足らなかった。この通りだ」


「いや、頭下げられても嫌ですよ」


「この通りだ!」


 こうなればやけくそだ。いいというまで頭を下げ倒してやる。


 しばらく沈黙が続いた。海月はどんな方してるんだろうか。また嫌そうな顔してるだろうか。どんな顔でも構わない。彼女からイエスを引き出さねば。


 しばらくして海月は口を開いた。


「……日川さん」


「はい」


「私に隠してることあります?」


「はい?」


 想定外の返事に俺は顔をあげた。海月は不安そうな複雑な顔をしていた。


「私はプロから脱落しかけてる人をたくさん見てきました。その人たちは最後まで戦おうとしますが、ズルをしてまで勝とうとしている人は見たことがありません。日川さん。あなたの勝ちたい理由はプロの世界に残りたいだけですか?」


 海月は俺の目を見た。


「それがわかるまでは力をお貸しすることはできません」


 将棋の世界には直感が鋭い人がたくさんいる。しかし、彼女は別格の感性を持っているのだと気付かされた。


「すごいな、幽霊ってのは」


「別に幽霊だからわかるってわけじゃないですよ」


 俺は壁際にへたり込んだ。なんとなく、顔を合わせながら話したくはなかった。


「……娘と約束したんだ。だから負けるわけにはいかない」


 海月も窓際に場所を変えた。窓を開けると、夕暮れ前の風が入り込んできた。


「その話、詳しく聞かせてください」

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