009.早朝の怒り
土曜日。
それは学生にとって憩いの日。
月曜から金曜までという長い長い期間、懲役5日と呼ばれるほど苦しい日々を越えてようやくやってくる休みの日。
休みの日前半というのはどうも全能感に襲われるものだ。金曜日の夜然り、土曜日の朝しかり。アレやろうこれやろうと色々な事を考えて心踊らせる素晴らしい時間だ。まぁ、考えるだけで結局行動に移せないというオチもあるのだが。
閑話休題。
とかく土曜日は学生にとって幸せの日という人が多数派だろう。
一日遊び倒してもまだ明日がある。その余裕から思い切り一日を謳歌できる。
それはもちろん、俺たちだって例外ではない。
……いや失礼、瑠夏だって例外ではない。俺はそもそも学校に行っていないし、雪奈にはそもそも学校という概念自体存在していない。
つまり何が言いたいかと言うと…………今日の瑠夏は異常にハイテンションだ。
「ちーあーきー!おーきーて!」
「い・や・だ・こ・と・わ・る~!!」
まだ太陽も目覚めて間もない土曜日の朝早く。
俺の部屋は早くも戦場になってしまっていた。
部屋で争うのは。バッチリオシャレをした瑠夏と、ジャージ姿の俺である。
瑠夏は俺の家に入るやいなや早々にこの部屋まで突撃し、けたましい朝の挨拶とともに俺の一日を強制スタートさせた。
そして今はベッドでの攻防。タオルケットを引き剥がそうとする瑠夏と取り返そうとする俺という、仁義なき戦いが今まさに繰り広げられていた。
「なんでよ~!昨日約束したじゃない~!」
「おまっ……!時間考えろ!今何時だと思ってる!?」
「…………30時?」
「わかりにくい言い方するなっ!6時だ!朝の6時!早すぎるだろ!!」
そう。
瑠夏が起こしに来たのはまぁ百歩譲って理解できる。理解できないのはその時間だ。
現在朝6時を回ったところ。休日の俺はおろか学校に行ってた時の俺でさえ間違いなく眠っている時間帯だ。
それなのに容赦なく起こしにくるとか、隕石でも落ちたのかと思ったぞ。
「む~!いいじゃんっ!善は急げって言うし早起きは三文の徳だよ!」
「急いだところで店やってなかったら三文どころじゃない損だろ!」
こんな時間に行ったって肝心の店がやってなければ意味がない。
カステラを買ったとかいう店がスーパーならもしかしたらやってる可能性も無きにしもあらずだが、開店していたところで商品自体置いているか怪しいところだ。それで二度手間なんてしたくないぞ俺は。
しばらく睨み合いが続く。
絶対に出たい瑠夏と絶対に出たくない俺。タオルケットを大股さばきでもするかのように両端を持って火花をちらしていた俺たちだったが、ふと彼女が息を吐くやいなや諦めたようにパッと手を離し、降参するように両手を上げる。
「しょうがないなぁ。千晶がそこまでいうならちょっとだけ待ってあげるよ」
「ようやくわかってくれたか……」
やれやれと肩を竦める彼女を見て俺もようやく握りしめた手を解く。
それじゃあ随分と早く起きてしまったし良い感じの時間になるまでの二度寝を……これ寝られるのか?正直、ついさっきまで言い争いをしていたせいで目が思い切り開いてしまって寝られる気がしない。いやまぁ寝られなくとも横になっていたら良い感じにウトウトできるかもしれない。ならばさっさとタオルケットを被って二度寝の姿勢に――――
「……なぁ」
「なに?」
「そこに突っ立ってたら寝るに寝られないのだが……」
寝ようと思って仰向けになったものの、ずっと視界の端に映っていた彼女が気になりすぎてようやく声をかけた。
そこはさっきまで言い争いをしていたのと変わらぬ位置。部屋の中央には未だに立って俺を見ている瑠夏がそこに居た。
目が冴えてしまったのは横になればまぁどうにかなるが、さすがにずっと誰かが近くに居て見られている中寝るのはいくら俺でも厳しいところがある。
もしかして俺が起きて行く気になるまでそこでずっと監視しているのか?それは拷問すぎやしないか?徹夜明けでも寝られる気がしないぞ。
「別に嫌がらせとかじゃないよ~!でも、何か私に言うことがあるんじゃない?」
「……? 昨日のカステラ勝手に食べた件か?それとも人前で着替えるという恥辱を味わわせるため?」
「ち・が・う~!」
どうやら俺の予想は大ハズレだったらしい。
腕をブンブンと振りつつ頬を膨らます瑠夏はその茶色い髪を揺らし、バッと見せつけるように手を大きく広げて見せる。
「これ!せっかくオシャレしたんだから一言くらいあってもいいでしょ~!む~!」
「あぁ……」
………そんなの、わかるわけないじゃないか。
しかし今日の彼女がオシャレしているということ自体は最初見たときから察しはついていた。
太ももの半分程度までしかない黒と白のチェック柄スカートに、腕5本は同時に入りそうなゆったりとした袖口が特徴のシャツ。
今日は随分とガーリーな格好だ。ぱっと見ではどこかのファッションモデルかと。シンプルながら夏シーズンにぴったりなラフでオシャレな服装である。
「いいんじゃないか?今日暑いらしいけど、通気性も良さそうだし汗もすぐ乾きそうだな」
「…………それ、褒めてるの?」
「あ、あぁ……」
何かしら良いところを必死に探して挙げてみたが、返ってきたのはジトッとした目線だった。
これ以上気の利いたことなんて俺に言えるはずないぞ!そう念じながら戸惑う視線を向けていると、彼女はひとつ「はぁ」と大きなため息を吐く。
「……まぁ千晶に良い褒め言葉は期待してないからいいけど」
「おい」
「――――でも、『いい』って言ってくれて嬉しかったよ。ありがとねっ」
フッと振り返り際に見せた優しい笑顔。
そのまま逃げるように体を半回転させて彼女は部屋を出て行ってしまった。
取り残されるのは俺一人。
そのまま望み通り寝てしまおうかと思ったが目が完全に冴えてしまった俺にそんな事できるはずもなく、1分も横にならない内に諦めてベッドから飛び降りる。
「まったく、眠れなくなったじゃないか。コーヒーの一杯くらい淹れさせないと割に合わないぞ」
眠れないなら仕方ない。さっさと下に降りて目覚めのコーヒーでも淹れることにしよう。
二度寝することを放棄した俺は着替えるのを後回しにして1階へ降りてリビングに向かう。
そこには当然ながら瑠夏と、そして一緒に来たであろう雪奈がソファーに座っていた。
「あ、やっぱり諦めたのね。おはよう」
「…………ん」
適当な返事という精一杯の抵抗。
したり顔というわけではなかったが、笑顔の瑠夏の策略に嵌ったみたいでどうにも強がる道しかなかった。
そして、同時に雪奈も俺が降りてきたことに気づいたようでピョンとソファーから飛び降りた彼女は軽快な足取りでこちらにむかってくる。
「おはようございます!千晶様!いい朝ですね!」
「おはよう。………雪奈もオシャレしたんだな」
「はいっ!瑠夏さまのオススメをお借りしました!」
そう言ってはにかむ笑顔を見せる雪奈は瑠夏と同じくガーリーな服装だった。
シャツは瑠夏とおそろいの、ゆったりとした袖口のシャツ。そして下は淡いベージュと白のチェック柄があしらわれたキャミワンピだった。
まさに雪奈の特徴をめいいっぱい強調させた服だろう。キャミワンピという楚々とした感じと、淡いベージュと白という明るさを示したまさにピッタリと呼ぶにふさわしい一着。彼女も言われ待ちなのか、俺の目の前でジッとしているのを見てそっと頭に手を乗せる。
「あぁ。すごく似合ってるよ。可愛いじゃないか」
「っ……!はいっ!!」
まるで向日葵の笑顔が咲いたかのような笑顔だった。
眼の前で咲く雪奈の笑顔を見て俺もフッと笑みをこぼしながらキッチンへと体を向ける。さて、コーヒーはっと…………
「むうぅぅぅ…………」
「……瑠夏?」
朝一番のコーヒーを淹れるため一歩を踏み出した瞬間、突如として背中から伝わってきたのは一つの悪寒。
一体何事か。どこからこの悪寒が迫ってきているのだと振り返れば、俺をにらみつける瑠夏の姿。これまでの唸りを解き放つように彼女は言い放つ。
「私にはそんな気の利いたこと言ってくれなかったのに!千晶のバカッ!」
「言っただろ?瑠夏にもちゃんと便利そうって」
「そういうことじゃないのに~!もう知らない!今日一日全部千晶の奢りね!」
「なっ…………!?」
何やら突然怒って宣告される奢り命令。
一体何が駄目だったというのか!?考えども考えども答えは出ることがない。結局彼女の機嫌が直ったのはポツポツと店が開き始める時間だった。
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