002.メオト、カミサマ

 凍えるような冬が終わり、桜吹雪く春を過ぎた夏の入り口。

 段々と太陽が顔を出す時間も長くなり光に籠もる熱が強くなると感じてくる季節。


 俺は驚きの顔を浮かべながら部屋の中央へと目を向けていた。

 事故で両親を失い、家に引きこもり、ただひたすらあること・・・・へ没頭する半年間。

 その半年間の成果が今日、今、この場で現れるはずだった。


 それこそが父の集めた呪術の書物に記載されていた"死者の復活"。

 この半年間は学校にも行かずそれだけの為に生きてきた。もう一度父さんと母さんに会いたい。あの顔を、声を聞きたい。ただその一心で。

 成したあとはどうなってしまおうが構わない。たとえ悪魔との取引となって魂を売ることになっても。ただこの一瞬のためだけに俺の生命を燃やそうとしていた。


 そのはずだったのだ。


 それなのに…………そのはずだったのに――――


「かみ……さま……?」


 眼の前に現れたのは父さんでも母さんでも、ましてや悪魔でもなく、名も知らぬ少女一人だった。

 一体何故。本に書かれた内容が間違っていたのか?それとも代用品でこなそうとしたのが間違いだったのか。いくら考えども答えが出ることはない。ただ目の前の人物が口に出した言葉を復唱しながらフラフラと後ろによろめいていく。


 パチっと背中から音が聞こえた。どうやらライトのスイッチを押したらしい。

 音から少しして書斎がパッと明るくなる。あの爆発の影響かいつの間にか蝋燭の火は消えていて、本は幾つか棚から落下している。突然の点灯に驚いたのか眼の前の少女は驚いてキョロキョロと辺りを見渡していた。


 確かに科学が発達してきたこの現代。幽霊なんかは都市伝説程度の存在となり、魔法や呪術に至っては空想の産物とさえされている。

 そう考えれば呪術が何らかの反応を示した事自体が奇跡以上のなにかと言っても差し支えないだろう。

 しかしこの人は誰だ。少なくとも俺に見覚えはないし相手方も俺のことを知らないようだ。その上俺のことを神様と呼ぶ始末。

 むしろ俺のほうが神様だと思ったわ。どちらかというと天使のほうが近いかもしれない。背丈よりも長く床に垂れた真っ白な髪に真っ白な肌。そして白い服……。ん?この服は――――


「白装束……?」


 今一度少女の姿をよく見れば見覚えのあるような白い服に意識が移り、それが記憶と整合してようやく合点がいった。

 何の柄もない真っ白な浴衣のような格好。帯さえも白く裸足。俺の知識に間違いがないのであれば白装束だ。

 なんでこんな格好をしているのだろう。いや、そもそも何故呪術でこの少女が反応したんだ?いくら見ても疑問が尽きることはない。


 驚きでまともな言葉が紡げない最中、マジマジと白い少女を見ていると、おずおずとした様子で目の前の少女が口を開いた。


「あの……神様……ここは天国なのでしょうか……?」


 可愛らしいソプラノ声が部屋の中へと聞こえゆく。

 碧い瞳をまっすぐ向けられて放たれる透き通るような声。

 それは聞く人を癒やすような、それでいて不安げな色から庇護欲を湧き立てるものであった。


 暫く人と会話すらしてこなかったが故に、そしてまさか自分に向けられているとは思わず思わず面食らってしまったがその声に返答するため何とか意識を取り戻す。


「い、いや……。ここは現世だ……」

「そうなのですね……。では、ここはまじない師様のお部屋なのでしょうか?」

「まじない師……?」


 聞き馴染みのない言葉に思わず問い返す。

 言葉の意味はもちろん知っている。ここは書斎だが呪術を今実行したのだからそういう捉え方も無くもないのか?でも呪術をしていた痕跡は今はもう殆どなく、床に倒れた蝋燭と魔法陣でなんとか推察できる程度だ。それよりも3方本棚に囲まれた光景から書斎などと推察される可能性のほうが高いのではなかろうか。

 それに、俺のことをなにか勘違いしているんじゃないだろうか。最初は神様だったり今はまじない師だったり。俺はただの何もない学生だというのに。年もそう変わらなさそうじゃないか。


 そんな自問自答が頭の中で繰り広げられていると、唐突に彼女はフッと突然膝を立て始めた。まさか襲ってきたりするのではと思わず身構える。

 もはや意味のない命。失うことに悔いはないが目的を達成できぬまま無意味に失うのだけは避けたい。そう思って後ろ手でスッと扉を開け放つ。いつでも逃げられるように。

 しかし彼女が取った行動は俺の予想を上回るものだった。その動きにより警戒していた思考はすべて吹き飛んでしまう。


「すみません!私如きがまじない師様の部屋に勝手に立ち入ったりなんかして!」

「なっ……!?」


 襲ってくると身構えた矢先、彼女の取った行動は唐突な土下座だった。

 居住まいを正し、正座をしたと思いきや両手を床につき頭を下げたのだ。その際額を床にぶつけたのだろう。ゴン!と鈍い音が響くも彼女は気にすること無く頭を下げ続ける。


「い、いや……」

「この仕置きはいかようにも受けます!今すぐ出ていきますのでこの場ではご容赦をっ!!」

「えっ!?あっ!ちょっ!!」


 そこからの彼女の行動はまさに剛弓から放たれた矢の如く素早いものだった。

 白装束の姿そのままに、まるでここから逃げ出すように俺の脇を通り過ぎて扉を潜り抜けこの場から立ち去ってしまう。


「………………」


 一体何だったというのだ。

 残されたのは散乱した本や水に滲んだ魔法陣。いつの間にかタライは消え去っている。

 魔法陣から出てきた謎の少女の存在。呪術は成功とみていいのだろうか。この5分程度で理解を超越した出来事が起こりまくったせいで追いかけるよりも脳のキャパオーバーが先にきてしまい、出ていった扉を呆然と見つめてバタバタとした音が遠く離れていくのを黙って耳に収める。


 時折何かにぶつけたのかガンッ!ドンッ!とした音も聞こえてくる。

 しかし今の俺はこれまであったことを処理するので精一杯だ。グチャグチャな書斎そのままにその場でただジット立ち尽くしていると、今度は感化できない音が部屋の向こうから聞こえてくる。


「「キャァァァァ!!」」

「っ……!? なんだよもうっ!!」


 床を掛ける音とぶつかる音。そして最後に聞こえてきたのは少女の叫び声だった。

 家中に響き渡るその声量にようやく茫然自失とした思考の停止から抜け出した俺はその音の元へと駆け出していく。


 悲鳴の発生源は書斎や寝室のある2階から聞こえたものじゃない。階下から聞こえたものだった。

 廊下に飛び出た俺は床に散乱した水の足跡を目に収めつつもまっすぐに下へと続く階段を目に収め一直線に向かっていく。


「今度は一体なんなんだ…………よ…………」


 悲鳴を上げた声の主。そこへはすぐにたどり着くことができた。

 階段を降りてまっすぐ見た先。玄関に見えるは驚いたらしく尻もちをついている白い少女の姿。


 ――――だけではない。

 玄関にいたのは少女一人じゃなかった。少女が二人、声の主は二人いたのだ。

 白い少女が分裂した?否。そんな非科学が過ぎることではない。もっと物事は単純明快。玄関にはもうひとり別の少女が立っていたのだ。


 "彼女"の姿を見て俺は階段を降りていた足を止める。

 半年ぶりだ。頻繁に、それこそ毎日足繁くこの家に通いながらも、一度として顔を合わせることのしなかった幼馴染。

 紺色のセーラー服に身を包んだ少女。サイドを編み込んだ茶色い髪に俺と変わらないくらいの背丈。

その人物の名は――――


瑠夏るか…………」


 俺の声を耳にして茶髪の少女も顔を上げ、驚きの表情を浮かべる。そこに立っていたのはあの事故以来会うこととなる幼馴染だった。



 ◇◇◇



 瑠夏

 物心ついたときから一緒にいる幼馴染。

 家は隣で昔から親同士が仲がよく、自然と俺と瑠夏も家族のような関わりをしていた。


 ――――半年前までは。

 そう、半年前までは家族同然だったお隣さんだった。

 しかし半年前、つまりあの事故の日を境に変わってしまった。


 両親が目の前で亡くなった例の事故。

 あの事故をきっかけに俺は引きこもるようになってしまった。

 当然その間は人と会うことなんてなく、それは瑠夏たち家族も例外ではない。


 それでも瑠夏が家に来ていたことは知っていた。

 お互いの家の鍵は共有している、だからだろう。俺が主に2階で作業している間中ずっと、彼女は週に何度か訪れて1階共用部分の片付けなどをしてくれていた。

 しかし俺に気を遣ってか自室のある2階にまで立ち入ろうとはしない。そんな生活が半年続いての今日となった。




 眼の前にはそんな半年ぶりに目にする幼馴染が映っている。

 どう見ても俺と同じ学校に通う制服に身を包んでいるが、その様子はなんだか前と違っていて…………


「えっと…………」


 …………言葉が出てこない。

 半年も逃げ隠れて何を喋ればいいのだろう。

 前までどんな調子で話しかけていたっけ。おちゃらけた様子で「久しぶり!」とでも声をかけるか?それとも初対面を装って「はじめまして」から始めるか?


 自然と視線が左右に振れていく。

 迷いの表れだ。何て声に出せばいいのかわからない。むしろそもそも声に出すことが正解なのだろうか。

 いい言葉が見つからず自然と足が一歩後ろに下がっていく。


 半年も顔を出さないで、彼女はきっと怒っていることだろう。そう考えると見合っていた視線も下がり、心までもが下がっていく。

 この場から逃げ出してしまいたい。語りかける思考が段々と逃げる思考に塗りつぶされていく。

 そうだ。今すぐ回れ右をして部屋に戻れば全て解決じゃないか。これまでだって問題なかったし今回もそう、きっとどうにかなる。

 俺の耐えきれない心は逃げの答えを出した。ならば行動に移そうと重心を後ろに下げようとした途端、瑠夏から震えた声が聞こえてくる。


「千晶………その子は………一体…………」

「ぁっ…………」


 ………そうだ。瑠夏と顔を合わせた衝撃でつい思考が吹っ飛んでしまっていた。

 そう言えば俺は彼女を追いかけて1階へと降りてきたんだった。瑠夏が目を丸くしながらワナワナと震える手で足元を示し、俺もそれに従う。


 俺たちが揃って視線を下へ向ければ今も尻もちをついている少女が目に入った。

 白装束と白い髪が特徴の真っ白な少女。2階で呪術を行使した結果突然現れた、俺にも正体不明の女の子だ。

 その様子だと少なくとも瑠夏は彼女について見覚えがないみたいだ。当然だろう。この半年の間は知らないがそれまではずっと俺と一緒に行動をしてきたのだから交友関係もお互いに共通となる。

 ならばこの子は誰か。もしかしたらこの子が一方的に瑠夏のことを知っているかもしれない。そんな淡い期待を込めて少女を見る。

 しかし彼女と言えばボーッとした様子で瑠夏を見、続いて俺に目を向けてなにか得心がいったように「あぁ!」と声を出し始めた。。


「神様がお二人……!?となると夫婦の双神ならびかみ夫婦神めおとしんですか!?」

「……はぁ?」

「えぇ!?夫婦!?」


 …………やっぱり知らないみたいだな。

 またも出てきた彼女の突拍子のない神様という思い込みに俺は脱力し、瑠夏は驚きの声を上げる。

 まだ神様って間違いは抜けてなかったのか。せめてまじない師かどちらかに定めてほしい。いやどっちも大ハズレなのだけれども。

 それでもなお勘違いの止まらない白い少女は更に言葉を重ねていく。


「あの世には唯一神、アマテラス様がおわすと聞いております!……はっ!!もしかして夫婦神といえば、かの神を産んだイザナギノ―――――」


 アマテラスだのイザナギだの、何言ってるんだこの子は。

 今も辺りを物珍しく見渡して、見るものすべてが初めて見るような反応で、まるで赤子のようじゃないか。

 でも四の五の言っていられない。せっかく瑠夏も来てくれたのだから再会の気まずさとか後回しだ。また逃げられる前に事情の説明を……。


「瑠夏、この子なんだけど何か誤解してるようだから説得を手伝って……」

「…………」

「……瑠夏?」


 しかし当の瑠夏本人は俺の言葉に耳を傾けていなかった。

 ただジッと座り込んでいる少女に目を向けている。

 何か変なものでも見たのだろうか。確かに真っ白な髪はここ日本においてほぼ見ることはないが、多分おそらく世界に目を向ければきっと珍しいものではないと思う。

 それ以外におかしな点といえば真っ白な服に濡れた服…………あっ…………。


「千晶………」

「な、なんだ……?」


 静かに俺を呼ぶ声が一つ。

 それは静かに語りかけるもの。ただ俺を呼ぶだけの簡単な言葉。しかしなんだかそれ以上の"圧"を感じられた。

 例えるならそう、蛇に睨まれた蛙のような感覚だ。今すぐ回れ右して逃げたくても足が石になったかのように動かない。これが恐怖というものか。


「アンタ……こんないたいけな女の子に、あろうことかちゃ……ちゃ……着衣水責めプレイを……!!私がこの半年間どんな気持ちで…………!!」

「ちょっと待て瑠夏。なんかちょっと、非常に致命的な勘違いをしてるぞ……!勘違いだから落ち着いて……!」


 着衣水責めプレイ!?

 確かに見た目はそうかも知れないが事実は全く違うものである!!


 しかし俺の言葉はとっくに彼女には届かなくなってしまっている。

 その身体は震えだし今にも爆発しそう。眼の前で破裂する恐怖に晒されながらなんとか抗っていると、キッと眉を吊り上げた目で顔を上げた彼女はお構いなしに玄関から家へと上がり込んで白い少女を抱き起こす。


「瑠夏?何を……?」

「…………お風呂!!びしょ濡れのままじゃ可哀想でしょ!千晶は軽食でも作ってて!!!」


 そうして白い少女を抱いた瑠夏は俺の後方に位置する風呂場へとまっすぐ向かっていく。すれ違いざまに「後でオハナシだからね」と呟くオマケ付き。

 バタン!と大きな音を立てて閉まる我が家の脱衣所への扉。

 俺は二人が扉の奥へ消えていくのを、呆気にとられた顔で見送るのであった。

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