最終章

新しい家

「これが、新しい俺の家か」


 目の前には、清洲城にいた頃の屋敷よりは小さいが、立派に見える一階建ての屋敷が建っていた。


「信長様の命により、かつての長井邸を取り壊し、新しく建て替えました」


 隣では、自分の領土に住む大工達が立っている。


「ありがとう。これは礼だ」


 俺は、硬貨が入った袋を大工に渡そうとする。


「いえいえ、リン様。私達は、信長様から報酬を既にもらっています」


 大工達は驚き、硬貨の入った袋を受け取らないでおこうとする。


「報酬を払う。これは、領主としての勤めだ」


 俺は、そう言うと大工達に硬貨の入った袋を渡した。


「あ、ありがとうございます!」


 大工達は、頭を下げてお礼を言った。


「俺は、屋敷の中を見てくる。仕事に戻っていいぞ」


「わかりました」


 大工達は、もう一度、頭を下げると仕事に戻っていった。


「さて、屋敷の中は、どうなっているのかな」


 屋敷の中に足を踏み入れる。


「リン、おかえりなさい」


「あぁ、ただいま」


 徳姫が屋敷の玄関で、迎えてくれた。


「ん? 今、徳姫いた?」


「なに、当たり前のこと言っているの?」


「と、徳姫様!?」


「そんな、驚かなくていいわよ」


「な、なんで、この屋敷に?」


「なにって、頭でも殴られて来たの? 縁組みを結んだら、一緒の家にいるのは当たり前じゃない」


「そ、そうなのか」


 形だけの縁組みって、生活も夫婦と真似するのか。


「今まで、城にしか住んでこなかったけど、領主の屋敷ってこんなものなんだね」


「こんなもの?」


「塀はあるけど、簡易的な塀だし、外堀もただ穴を掘っただけの空堀。こんな防衛設備だと、あっという間に落城するわよ」


「そもそも、この屋敷で籠城戦しないから、敵が来たら岐阜城で戦うことになるぞ」


「そんな心構えだと、すぐ死ぬわよ。せめて、守備兵が百人いれば……パパに頼もうかしら」


「や、やめてくれ。落ち着いて寝ることもできなくなる」


 こんな大きさの所に、百人も守備兵がいたら、落ち着ける場所が無くなる。


「まぁ、いいわ。しばらく、様子見ね」


 徳姫は、どこか不満があるようだが、納得はしてくれたようだ。


「リン様、いますか?」


 外から、ロイの声が聞こえた。


「ロイ来たのか」


 ロイの声が聞こえた方向に行くと、ロイの他にもカグヤと桃の姿があった。


「はい。リン様、改めて領主になられておめでとうございます」


「ありがとう」


「へぇー、ここが領主の家ね」


 桃は、じろじろと家を眺める。


「なかなか良いんじゃない?」


 カグヤは、褒めてくれたようだ。


「そういえば、ロイ達は家どうなっているのだ?」


「もちろん、信長様から、家とわずかながらの土地を貰いました」


「檻の中と比べれば、ゆったりできるぐらい広いし、趣味で野菜も育てられるぐらいの畑もあるわ」


「元々家無しだったから、帰る家があるのは変な感じ」


 三人供、満足ができるぐらいの家は、貰えたようだ。


「リン。ちょっと屋敷の中、見て来ていい?」


 カグヤは、俺が住んでいる屋敷が気になるようだった。


「あぁ。見ていいぞ」


「私も、見に行く!」


 カグヤにつられて、桃も屋敷の中に入っていた。


「きゃああ!? だれー!?」


 カグヤと桃が屋敷の中に入った後、徳姫の叫び声が聞こえてきた。


「また、俺怒られるかもな……」


 屋敷の中に戻るのが怖くなった。


「リン様。少しいいですか?」


「どうした?」


「リン様は、これからどうするつもりですか?」


「どうする?」


「はい。魔王領は、リン様の兄上であるアル様が事実上、支配しております。私達が戻れる場所は、あるのでしょうか? 日が経つにつれ不安が大きくなっていきます」


「だからこそ、魔王領に行くために力を付けるのだ。今度は、出た杭が打たれないように伸びに伸びて、出すぎた杭となって大勢の仲間を引き連れて魔王領に乗り込む」


「おぉ」


「そのためには、信長が悲願としている天下統一の事業を成し遂げる。俺は、信長の下で戦力を増やしていき、信長が異国に進出し魔王領に近づいたとこで、倒しに行く」


「リン様についていきます」


 これが、俺の思い描く未来だ。もちろん、こんな上手くいくわけがないのは、わかっている。だが、道しるべとなる物を立てておくことは大事だ。


「リ、リンー!」


 田んぼ道の方から誰かが、走ってくるのが見えた。


「あれは、ひろ?」


 走ってきているのは、平手政秀の息子である汎秀ひらひでだ。


「やっとたどり着いた。早く岐阜城に来て!」


「そんなに慌てて、どうしたんだ?」


「信長様の所に、室町幕府第十五代将軍の足利義昭が来たんだよ!」


「室町幕府の将軍だと?」


 確か、前に勇者と魔王の戦争に参加して、当時の将軍と一族が多く死んだと、信長達が言っていたな。


「うん。とにかく早く来てくれ。岐阜城の人達は大慌てだよ」


「わかった。すぐ行く。ちょっと待ってくれ、カグヤと桃も呼んでくる」


「カグヤー、桃―。信長様から至急来てくれと呼ばれた」


 屋敷の中に入り、カグヤと桃を探す。


「あ」


「やば」


 台所に行くと、カグヤと桃。それに、徳姫まで真っ黒になっていた。


「な、何しているんだ?」


「えーと、台所見ようとしたら」


「徳姫に、タックルされて炭が積んでいた所に三人で突っ込んじゃった。あははー」


「三人揃ってなにしているんだ」


「私、悪くないもん。勝手に入って来た二人が悪い!」


 徳姫は、べそをかきながら、弁明する。


「徳姫ちゃん。ごめん」


 カグヤと桃は、申し訳なさそうに謝っている。反省はしているようだ。


「徳姫。やることが終わってからになるけど、一緒に岐阜城まで行って帰りに美味しい料理を食べていくか?」


「う、うん」


 徳姫の表情が少し明るくなった。


「三人供、炭の汚れを落としたら岐阜城に向かうぞ」


「わかった」


 カグヤ達は、炭の汚れを落とし始める。


「先に、玄関にいるからな」


 玄関で、ひろとロイ、三人で待っていると、炭の汚れを落とした三人が合流する。


「よし、岐阜城に向けて出発だ」


 それぞれ馬に乗り、岐阜城へ向けて出発する。


 魔王から人間になった俺の険しい道のりは、始まったばかりであった。

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本物の魔王が、魔王と名乗る信長の配下となる るい @ikurasyake

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