報酬は

「あれ? 生きている?」


 目が覚めて、最初に見えた景色は、火の柱をあげて燃え上がる、櫓だと思われる建物。


「よ! なに、伸びているんだよ」


 上を向くと、利家の姿があった。


「誰のせいだと思っているんだ?」


「まぁ、まぁ。下に枯れ草があって良かったではないか」


 手で感覚を確かめてみると、確かに草の感覚があった。


「なんで、こんな所に枯れ草が」


「斎藤軍が、この櫓を燃やそうとして、櫓の下に集めていたのよ」


 声の方向を向くと。桃がいた。


「あれ? 敵は?」


 起き上がり周りを見渡すが、斎藤家の兵士が見当たらない。


「織田軍の戦いが、劣勢になって本丸まで退却した」


「勝ったのか」


「まだ、わからん」


「そうか」


 自分ながら、なんて情けない姿を見せてしまったのだ。まだ、人間の能力を上手く使えていないな。


「リン様、起き上がりましたか!」


 奥から、誰かが走ってくる。


「ロイか?」


「はい!」


 ロイの後ろには、カグヤもいた。


「リン。ごめんね。助けようと思っていたけど、巻き込まれるかと思って、術が使えなかった」


「いいんだ、気にするな。ロイ達は、その後どうしたんだ?」


「カグヤと共に、信長と合流して、一緒に行動していました。本当に、生きていてよかったです」


 ロイは、泣きながら言う。


「泣くほどじゃないだろ」


 俺は、ロイにツッコミを入れた。


「感動の再会中にすまないが、立てるか? 俺達も信長様の所までたどり着かなければならない」


「わかった」


 俺は、利家の手を借りて、立ち上がり、信長がいる所へ向かった。



「利家、リン。遅かったな」


 稲葉山城の本丸にたどり着くと、信長は馬に乗り、天守閣を眺めていた。


「信長様。敵はどうなりましたか?」


 利家が、信長の所まで行き話を聞く。


「もうすぐで、降伏するはずなのだが、様子がおかしい」


「様子ですか?」


「いくら何でも時間がかかり過ぎだ。なにか、企んでいるのか?」


 信長は、斎藤家の動きに何か不満があるみたいだ。


「信長様。斎藤軍が天守閣を開城させました」


「降伏したか」


 報告に来た兵の言葉を聞いて、信長は頷いた。


「稲葉山城が落ちた!」


「おぉ!」


 それを聞いた周りにいる織田軍の兵士は、喜びの声をあげる。


「今回の戦、織田軍の勝ちだ!」


 信長は刀を上にあげ、勝利を宣言する。


「おおおお!」


 織田軍は、空気が震えるような喜びの声をあげた。


 天守閣を解放した斎藤軍は、全員が織田軍に投降した。


「信長様」


「どうした?」


「投稿した斎藤軍の中に、斎藤龍興とその長井道利含む重臣達の姿がありません」


「やはりか、降伏までの変な間は、主君が逃げるまでの時間稼ぎ」


 どうやら、龍興と道利などの斎藤家の重臣は逃げて行ったみたいだ。


「信長様、申し訳ございません、まさか、もう一つの隠し通路があるとは」


 隠し通路を教えた佐藤忠能は、隠し通路の見落としがあることを謝罪した。


「気にするな。おそらく、龍興しか知らないような、徹底して隠してあった通路なのだろう」


 信長は、そう言うと俺達がいる方向を向く。


「みな、ご苦労だった。今日はゆっくり休め、後日戦後処理を行う」


 これによって、稲葉山城の戦いは、織田軍の勝利で終わった。



 斎藤家の戦いが終わった後、戦後処理が何気に大変であり、忙しくしている内に二週間経過していた。


「改めて、みな今回の戦ご苦労だった」


 俺達は、信長に呼ばれて稲葉山城の天守閣に集められている。今回の戦で、織田家の家臣団も大所帯になった。佐藤忠能などの美濃の国人衆から、美濃三人衆と呼ばれている、かつての斎藤家を支えた重臣。それに、他の家臣達。


 全員顔を合わせるのは、今回が初めてではないか?


「まず、みんなに大事な報告がある」


「はっ」


 家臣達は、信長に頭を下げる。


「ここ、稲葉山城を『岐阜城ぎふじょう』に改名し、新しく作り替えることにした」


「おお!」


 家臣達は、お互い顔を合わせたりする。


「信長様、なぜ名前を岐阜城に?」


 丹羽長秀は、信長に理由を聞く。


「それはだな。俺が、この岐阜城を足掛かりにして、天下布武、日本を天下統一させるという意味をこめて、岐阜城と名付けた」


「なんと!?」


 天下統一という言葉を聞いて、信長の家臣達はざわめいた。


「俺は、尾張と美濃を統一したからって、それで終わる男ではない。日本を統一して、さらに日本を取り囲む山々を越えて、異国に進出する」


「おおおお!」


「日本統一だけではなく」


「異国に進出」


 家臣達は、それを聞いて興奮した。


 やはり、信長は日本に収まる器ではなかった。既に日本統一の後のことも考えている。


「みんな、ついて来てくれるか?」


「はっ!」


 信長の家臣団は、頭を下げた。


「では、今回の戦で活躍した者に報酬を与える」


 信長は、中美濃の重要拠点である加治田城を城ごと寝返ってくれた佐藤忠能や、先鋒隊の隊長を務めた森可成に報酬を渡し始めた。


 その後も他の者達に報酬を行き渡らせる。


「では、次にリン」


「はい」


 俺の番が回ってきた。


「リンは、先鋒隊の副将を務めただけではなく、稲葉山城の攻略においては、城内の斎藤軍を櫓にくぎ付けにして、勝利に大きく貢献させた」


 信長は、一通り俺の功績を読んで、俺の方を見る。


 報酬はなんなのだろうか。


「リンには、中美濃と北美濃に領土を持っていた、長井道利の領土を分け与える」


「ありがとうございます」


 ついに自分の領土が持てた。魔王領にいた時よりは小さな領土になるだろうが、小さな領土を持てただけで大きな進歩だ。


「そして、金銭と刀を与える。尾張で名がある刀鍛冶に作ってもらった刀だ。今持っている刀より、何倍も使いやすく斬れやすいぞ」


「ありがたく、いただきます」


「良かったなリン」


「おめでとう」


 利家や勝家など、みんな祝ってくれた。


「後これは、リンが良ければの話なんだが」


「はい、なんでしょう?」


「俺の娘である徳姫が、リンと縁組みをしたいと言って言う事を聞かなくてな」


「縁組み?」


 それを聞いた、信長の家臣達はざわめき始める。


「おい、利家。縁組みとはなんだ?」


「知らないのか? 縁組みって、結婚のことだぞ」


「は? 結婚?」


 なんで、俺が徳姫と結婚することになるのだ?


「そうよ! 縁組みよ!」


 後ろから、襖が開く音が聞こえ、聞き覚えのある声が聞こえた。


「徳姫様、来ていらっしゃったのですか」


 わざわざ、清洲城から来たのか。


「と、徳姫、来ていたのか」


 信長も、徳姫が来ていることを知らなかったみたいで、驚きの表情をしている。


「だって、パパは、自分の家臣にこういう話をするの苦手でしょ? だから、私が来たのよ!」


「徳姫様」


「あ、リン。私との縁組み受けてくれるよね?」


「徳姫様は、今年で十歳。縁組みの話は早いかと」


 徳姫の逆鱗に触れないように、丁寧に話さないと。


「私じゃ不安なの?」


「そういうことではなくて……」


 十歳で結婚は、早すぎる。こういう、人生に関わることは勢いで決めない方が、良いと思うんだが、徳姫の表情を見るからに本気の様だ。


「俺も、そのことを言ったのだが、話を聞いてくれなくてな」


「まぁ、いいじゃないか、俺の妻、まつも十一歳の時に俺と結婚したからな」


 利家は、笑顔で縁組みを勧めようとしてくる。


「利家の奥さん。結婚早すぎないか!?」


「まぁ、リンよ。形だけでも縁組みになってくれ。正室に迎えたいってなったら、正式に話を進めることにしよう」


「形だけって……」


「ねぇ、どうするの?」


 徳姫の圧がすごい。


「わかりました。形だけですよ」


 信長も事情がわかっているみたいだから、形だけでも縁組みを結んでおこう。


「おおおお!」


 信長の家臣団は、大いに盛り上がった。


「よし、形だけでも縁組みは縁組みだ。今日は、新たな織田家一門になった、リンに宴会を開くぞ!」


 信長が家臣達に向かって、大声で言った。


「ん? 一門ってなんだ?」


「親戚ってことだよ」


 徳姫は、俺の隣に座って言う。


「よし、宴会だ!」


「浴びるほど、酒を飲むぞ!」


 利家や勝家は立って、宴会を喜ぶ。


「もちろん。今回から、家臣になってくれた美濃国の国人衆や旧斎藤家の家臣達も来てくれ、この宴会を機に皆と交流を深めてくれ」


「わかりました」


 美濃三人衆を筆頭に、旧斎藤家の家臣達は、頭を下げた。


「リン。承諾してくれてありがとうね」


「なんで、俺なんだ?」


「清州城で、話している時楽しかったからだよ。私は、一緒にいて楽しい人と結婚するって決めているの」


 徳姫は、無邪気そうに笑った。


 まぁ、形だけだからな。縁組みの意味も深く考えていないだろう。深く考え過ぎないでおこう。

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