利家とリン

「大丈夫か、リン!」


「リン!? 肩に矢が……」


 桃は、俺の所に駆け寄ってくる。


「大丈夫だ。利家は、攻撃を続けてくれ」


 利家は、頷き弓を持って斎藤軍と応戦する。


「大丈夫そうか?」


「傷は深くないよ。でも早く手当てを受けた方がいい」


「もう少しの辛抱だ。片手で使える武器はあるか?」


「私のクナイと手裏剣を使いなさい」


「ありがとう。助かる」


 桃から、クナイと手裏剣をもらい応戦をする。


「桃」


「なに?」


「熱田神宮で戦った時みたいに召喚できないのか?」


「それは……」


 桃の動きが止まる。


「どうした?」


「私のカラクリは、熱田神宮で、あんた達と戦った時に破壊されて使い物にならないわ。ごめん、もっと早くに言うべきだったわね」


「そうか。それなら、仕方ない。ここにあるもので、なんとかしていこう」


 この使われてない櫓は、斎藤軍が武器庫として使っていた。物資には余裕がある。まだまだ、斎藤軍の攻撃には、耐えられる。


「リン! ここを少し頼めるか?」


「あぁ、大丈夫だ」


「少し持ちこたえてくれ、持っていきたい物がある」


 利家は、そう言うと櫓の中に戻って行った。


「さすがに敵の数が多いわね」


「諦めるな。一秒でも長く持ち堪えよう」


 桃の言う通り、何人倒しても、どんどん斎藤軍の兵士が、櫓に近づいてくる。桃が撒いた、まきびしも突破されつつあった。


「またせた!」


 利家の声が聞こえ振り向くと、大きな壺を持っている。


「それは、なんだ?」


「オイルだよ。松明やランタンで、火を付ける時に使うやつだ」


「どうするつもりだ?」


「こうするのさ!」


 利家は、大きな壺を斎藤軍が進もうとしている進路に向かって投げた。


「なんだ!」


「なにか落ちてきたぞ!」


 櫓に近づこうとした兵士の驚いた声が聞こえる。


「じゃあな」


 そう言う利家の手には、弓と矢の先端に火を付けさせた矢を構えている。


 静かな音で矢が放たれ、壺が落ちた場所に向かって飛んでいく。


「うわわわ!?」


 突然、燃え上がる炎に斎藤軍の兵は、驚きの声をあげる。


「いいぞ。このまま、どんどん後ろに下がっていけ!」


 利家は、突然の火で驚く斎藤軍を見て、笑顔で言う。


「追い込まれている人間の笑顔じゃないな」


「ははは。そうか?」


 ふと、空を見ると、夜空にホタルみたいな小さな明かりが無数に見えた。


「まずい! みな伏せろ!」


 俺は、利家と桃を掴み建物の陰に隠れさせる。


 そして、すぐ後に火矢が櫓に突き刺さって行った。


「げ、あいつらも火を使って来るのかよ」


「捕まえることを諦めて、討ち取ることにしたみたいだな」


 俺の予想は当たっていたようで、今度は大人数で櫓に突撃してきた。


「さすがに、あの量はきついな」


 利家の顔には、冷や汗が出ていた。


「て、敵襲!」


 突然、後ろから慌てたような男の声が聞こえた。


「来たか、織田軍!」


 砦の奥から、人間の怒声などが聞こえて来る。


「感動しているとこ悪いけど、敵が櫓の扉を破壊しようとしているわ!」


「利家、持ちこたえるぞ」


「あぁ! あと、もうひと踏ん張りだ!」


 斎藤軍の兵士が櫓の扉を破壊しようとする。


「大人しく、破壊されるのを待っている訳ないだろ!」


 利家は、階段を使い下に降りて行く。俺も、その後を追った。


 下まで降りると、利家は斎藤軍が破壊しようとしている扉の前で、槍を構えていた。そして、破損している扉の隙間に向かって、突きを放つ。


「ぐわっ!」


 扉の奥から男の叫び声が聞こえた。


「利家、櫓の一階は捨てるぞ」


「俺もそう言おうとしていたとこだ」


 利家と共に、二階へ上がる。


 扉が、もう少しで破壊される。一階にいたら敵がなだれ込み、巻き添えをくらってしまうのが容易に予想できた。


「敵が、ある程度入り込んで来たら、私が持っている煙玉を使うわ」


「うん、そうしてくれ」


 会話している内に、扉が割れて、斎藤軍が中に入り込んで来た。


「もう少し、入って来て」


 斎藤軍の兵が、どんどん櫓の一階に集まってくる。


「今よ!」


 桃が、大量の煙玉を投げ入れた。


「なんだ!?」


「煙!?」


 斎藤軍の兵は、突然煙が発生したことに混乱する。


「リン。行くぞ!」


「おう!」


 俺と利家は、一階に降りて、混乱している兵を倒していく。


「うわ!」


「おい、どうした!?」


 斎藤軍の兵は、視界が悪い上に、倒れていく仲間を見て、さらに混乱した。


「ある程度、倒したか?」


「あぁ、あらかた片付けたはずだ」


「よし、上に戻るぞ」


 再び、利家と俺は上の階に戻った。


「敵、警戒しているわね」


 桃の言う通り、勢いよく入って来た敵を返り討ちにしたことで、外にいた敵が警戒して入って来なくなった。


「このまま来なければ解決なんだが、そういかないか」


 次は、どんな手を打ってくる。正面の突破が難しいと判断したら、次はどこから攻めて来る?


「なに、この匂い?」


 桃は、変わった匂いを感じているようだ。


「確かに、なんか匂うな」


 この匂い、どっかで嗅いだことがる匂いだ。


「なんか、焦げ臭い気が……もしかして!」


 桃が慌てて屋上に向かって走り出す。


「利家も早く来い、桃が言っていることが、本当ならやばいぞ!」


「あぁ、早く行く!」


 斎藤軍のやつら、まさか。



 櫓の屋上に上がってみると、黒い煙に周囲が囲まれていた。


「あいつら、この櫓に火を付けたんだわ」


「俺達を焼き殺す気か」


 容易に討ち取れないと分かった、斎藤軍は火をつけて殺すことに決めたのか。


「利家。俺達、このままだと焼き殺されてしまうぞ」


「わかっている。どうにかしないとだ」


 だが、火を付けられてしまっては、ここにとどまる事はできない。だからって、櫓から飛び出れば、斎藤軍が待ち受けている。


「ほっ、ほっ、ほ。なに三人相手に手こずっているかと思えば、建物に立てこもっていたのじゃな」


 斎藤軍の中に、馬に乗った人物が見えた。


「そんな、わざわざ敵が待ち構えている所に行く必要が無いのじゃ。燃やせ燃やせ。立てこもっている相手には、火に包まれるのが、お似合いじゃ」


「何者だ!?」


「わらのことか。わらは、長井道利じゃ」


 長井道利、暗殺部隊である影を率いている男。


「織田家には、私が可愛がっていた影を痛めつけてくれた借りがあるからの、ここで借りを返してもらうのじゃ」


「リン。ここに来て、厄介な男が現れたな」


「そうだな」


 櫓に付けられた火は、広がっていく。どうやら、待ってくれる時間は無さそうだ。


「討って出るか」


 利家は、槍を構えた。


「逃げ道はないぞ」


「一人でも多くを道ずれにして、織田家の勝利に貢献する」


 利家の目は本気だった。どうやら、覚悟は本気のようだ。


「桃は、逃げてくれ」


「なにを言っているの? ここまで来たら、最後まで付き合うわよ」


 桃は、そう言うと、持っているクナイを構えた。


「リン。良い郎党が集まっているのではないか」


「運が良かっただけだ」


「そこは、自信もって俺のおかげって言う所だぜ」


 利家は、絶体絶命の中、笑顔で言う。


「俺達も、腹をくくった」


「よし、行くか」


 俺達が、外に出ようとした時だった。


「ぐあ!」


「うわ!」


 外にいた斎藤軍が、矢の攻撃を受けた。


「な、なにごとじゃ!?」


 長井道利は慌てた声を出す。


「せっかく、命をかける準備してきたのによ」


「間一髪だったな」


 矢が飛んできた方向を見ると、花を旗印にした模様『織田木瓜』が見えた。


「利家―! リンー! 来たぞー!」


「この馬鹿でかい声は勝家だ」


「どんな戦場でも、声が届きそうだな」


 再び、斎藤軍に矢の雨が降り注ぐ。


「な、なんで、こんな所にまで織田軍が来るのじゃ。三の丸は!? 二の丸!? 砦をも落としてきたのと言うのか!?」


 長井道利は、さっき櫓の後ろで聞こえた叫び声は、聞いていなかったのか、ここまで来るとは思っていなかったみたいだ。


「勝家―! 馬に乗っているやつ、敵将首だ! 助けてくれた、お礼にやるよ!」


「なんだと!? 利家め、なかなか良いサービスをしてくれるな! ありがたく、その首をいただこう!」


「わらわの首で、なにを話しておるのじゃ! お前等、こんな田舎侍に負けるんじゃないのじゃ!」


「おおおお!」


 斎藤軍の織田軍がぶつかり合う。


「リン。見学している所、悪いけど、この櫓、そろそろ限界みたい」


 桃は俺と利家に布切れを渡す。


「煙を吸い過ぎないでよね。ここから、飛び降りるわよ」


「飛び降りるって、なかなかの高さだぞ。どうやって?」


「こうやってよ」


 桃は、櫓から飛び降りると、周りにある建物を足場にして、段々と下に下って行った。


「できるかー!」


「なに、俺達は飛び降りれば良いだけよ」


「利家、なにを言っている?」


「楽しもうー!」


「嘘だろー!?」


 俺は、利家に引っ張られる形で、真っ逆さまに落ちて行った。

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