信長の決意

 信長の配下になれた俺とロイは、本陣へと向っている。


「利家って言えばいいか?」


「あぁ、いいぞ」


「さっき、言っていた鬼とやらは、なんなのだ?」


 あの異形の形をした魔物が気になっていた。トロールやギガンテス、巨人族とも違う。あれは、なんの魔物だ?


「鬼を知らないのか?」


「ほほう。やはり、異国の者は興味深いな」


 信長は、興味ありげに俺とロイを見る。商人の次郎が言っていた通り、信長は、異国から来た人に興味があるらしい。


「なんていえばいいか。そう、鬼は妖怪の一種だ」


「妖怪?」


「妖怪も知らんのか」


 妖怪? 魔物じゃないのか。


「前に異国から来た商人から聞いたことがある。異国には妖怪が存在せず、変わりに魔物という怪物がいるとな」


 信長は、あごに手を当てながら言う。


「妖怪が存在しない? そんな場所あるんですか?」


「あるらしいぞ。我らは、山を越えたことがないからな。もしかしたら、山を越えた先に全くの別世界が広がっているのかもしれない」


「山?」


「なんも知らないで、ここに来たのか。この日本と呼ばれる地帯は、西は山、東は海に囲まれているんだ。日本の全体地図を見れば、わかるぞ」


「日本の全体地図なら持っている。広げて見てみろ」


 信長は、そう言うと一枚の紙を俺に投げ渡した。俺は、受け取った地図を広げてみる。


「なるほど、そういうことか」


 極東と呼ばれる地域。ここは、利家の言う通り、山と海で隔離されている地域だ。それよりも西に行こうとするなら、山をいくつも越えなければならない。どおりで、魔王領まで情報が来ていない訳だ。山と海に隔離されている地域の情報が、簡単に手に入る訳がない。


「ロイ、これ見て魔物ではなく、妖怪がいる理由がわかった」


「魔物ではなく、妖怪がいる理由?」


 ロイは、俺が持っている地図に顔を覗かせる。


「リン様。私にはわからないです」


島嶼化とうしょかだ」


「島嶼化?」


「わかりやすく言うと、孤立した地域で起きる独自の進化が起きる現象だ」


「独自の進化……」


 どうやら、ロイにはピンと来ていないみたいだな。


「おそらく、数千、数万年前だったら、この地域にも魔物がいたんだろう。しかし、外の世界から孤立している極東。この地域に住む魔物達は独自の進化を遂げた」


「それが、妖怪」


「そういうことだ。そう考えると、妖怪に興味が出て来たな」


 外部の影響を受けずに進化してきた妖怪。一体どんな者がいるのだろうか。


「リンとロイ、話しているとこ悪いが、本陣についたぞ」


 信長に言われて、前を向くと大きな陣が目の前にあった。


 本陣の中に入ってみると、鎧を着たサムライが何人もいる。


「坊ちゃま! よくそ、よく戻ってこられた! じいは感動していますぞ!」


 白ひげを生やした初老のサムライが、信長の姿を見るやいなや、涙を流して駆け寄って来た。


「じい、泣くな」


「坊ちゃまが、お亡くなりなったら、わしはどうすればいいか。ひぐ!」


「落ち着け」


 初老のサムライは、俺の目線に気づいたのか、俺の方を見る。


「坊ちゃま。こやつらは?」


「異国から来た、リンとロイだ」


「ほう、異国から。変わった服装をしていると思ったわい」


「紹介が遅れたな。子供の時に教育係を務めてくれた。平手政秀ひらてまさひでだ」


「平手政秀だ。坊ちゃまを、ここまで連れて帰って来てくれた」


 政秀の口調を察するに、信長は、よく本陣を抜け出しているようだな。


「政秀、斎藤軍の様子はどうだ?」


「特に目立った動きはありませんな。私の予想だと、あと一時間もすれば、斎藤軍は退却するわい」


「そうか」


 その後、政秀の言う通り、一時間後斎藤軍が撤退を始めた。



 戦が終わり、拠点へ帰ることになった織田軍は、手早く陣をたたんで、帰路についた。


「最近の戦は、つまらんな」


 信長は、馬上で大きくあくびした。


「そんな、日常的に国がばたばた倒れる戦が、起きていたら、じいは安心して寝られませんぞ」


「勇者と魔王の戦争。参加したかったものだ」


「信長は参加しなかったのか?」


「あぁ、俺は参加しなかった。じい、戦争に参加したのは、日本の半分を占めていた室町幕府を支持する大名ぐらいか?」


「そうですな。室町幕府を支持する大名らが参加したと聞いているので、半分ぐらいで間違いないかと」


「日本? 室町幕府?」


 俺が知らない単語ばかりが出て来る。日本は、前にも会話で話していたな。極東は、文化までも独自の進化をしていると考えて間違いないな。


「日本は、尾張国や美濃国など全体の場所のことを日本と言うのだ。室町幕府は、美濃国などの大名をまとめる政府みたいなものだな」


「なるほどな」


「まぁ、今の室町幕府は、勇者と魔王の戦争で、幕府の中心だった足利家の当主や有力な一族もろとも暗殺されて、今じゃ形だけの政府になり果てたがな」


「今は、一つの国を治める大名にまで、没落したと聞いておる」


 足利家の当主と一族の暗殺。おそらく、父と兄のレイが首謀者だ。戦争中、父と兄のレイが、一時期サムライの対策をどうするか話し合っていた。しかし、ある日を境に話題にすらも無くなっていた。サムライを率いている中心人物とその一族を暗殺する。それで、手を打ったと考えて間違いなさそうだ。


「かつて、足利尊氏あしかがたかうじが、鎌倉幕府を倒幕して、創始した室町幕府が、ここまで没落するとはな」


 信長は、青空を眺めながら言った。


「そうですな。形だけの政府じゃ何も役には立ちませんな」


「日本を治める者がいないのか」


「元々日本の大名達は、独立意識が高いですからな」


「じいよ」


 信長は真っ直ぐ、政秀の方を見る。


「どうしましたか、坊ちゃま」


「近い内に美濃を攻めるぞ」


「坊ちゃま何を!?」


「こんな凡戦をしていたら、いつになっても美濃国の戦争が終わらない」


「それは、そうですが……」


「今度は、俺が攻める番だ」


 信長の目には、火が灯っているように見えた。

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