信長という男
丘を登っていくと、戦場での怒声や歓声がより大きく聞こえてくる。
「もうすぐだ。ロイ」
「はい、リン様」
それにしても、徒歩で丘を登るのが、こんなにきついとは思わなかった。
「羽さえ、あれば」
いつもなら、飛んで軽く超えられた丘の高さだ。徒歩しかないのが、こんなに不便だとは思わなかった。
「リン様、頂上が見えてきました」
丘の上が見えて来た。もうすぐだ。
「よし、登りきったぞ」
丘を登って、丘の向こう側の景色が見えた。
「これは」
数多の兵士が、槍や刀を持ち、死闘を繰り広げている。
「久しぶりの戦場ですね」
次郎いわく、波の形を旗印にしているのが美濃国の旗。花の形を旗印にした旗が、俺達が行かなければならない尾張国。
「右側の陣営が、尾張国の軍みたいだな」
戦場まで、来たのはいいが、あとは大名を探さなければならない。
「リン様、あれを」
ロイが、戦場のある場所を指さす。
「なんだ、あれは。魔物?」
全身が赤だったり、青だったり、様々な色をし、頭に角を生やした魔物みたいのが、戦場で戦っていた。
「ロイ、見たことあるか?」
「いえ、私も初めて見ました」
新種の魔物か。なんだ極東にも魔物がいるのではないか。
「あれは、鬼だな」
「そうか、鬼か」
「なるほど、あれが鬼」
「なにやつだ!?」
ロイではない、第三者に話しかけられた。俺とロイは、慌てて振り向き身構える。
「おっと、驚かせてすまない。丘上に見慣れない人影がいたからな。戦場を抜けて、様子を見に来た」
右目の下に傷跡を残っている男が立っていた。何者だ?
「戦場を?」
男の装備をよく見ると、鉄の鎧をまとって、腰に武器をかけていた。所々、返り血だと思われる赤い汚れがついている。
「ふむ、見慣れない服装だな。異国から来たのか?」
「確かに、この大陸ではないところから来た」
「ほう、珍しい。ここまで、異国のやつが来るのは、なかなかないぞ」
この死闘を繰り広げている戦場を抜ける余裕。もしかしたら、商人が言っていた尾張国の大名かもしれない。確か、尾張国の大名である一族は、上の名を織田と名乗っていると聞いた。
「名は、なんていうんだ?」
「そうだった。名を名乗らず、話しかけてすまない。俺の名前は、前田利家だ。よろしくな、異国の者!」
前田利家は、そう言うと俺に握手して挨拶してきた。
前田か、織田ではない。てことは、織田一族の配下か。
「戦場に戻らなくてもいいのか?」
「いいかな。相手方は、ただちょっかいを出しに来ただけだ。名のある武将もいない。俺の出番は、もうないかな」
「武将?」
「武将を知らないのかよ。さすが、異国だな。武将っていうのは、なんていうんだ。とりあえず、偉い人だ。ははは!」
もう少し、知識がある人と話したい。
「利家、なにしとる?」
「信長様!?」
一人の男が、馬に乗りながら、こちらへやってくる。今、信長と言ったか? 信長? 聞いたことがあるぞ。
「利家と一緒にいるのは……ほう、異国の者か」
前田利家というやつが、頭を下げて挨拶をしている。顎髭を少し生やし、腰には二本の剣を差している。利家が言っていた、信長様という名前、まさか、この男。
「初めてだな異国の者。我の名は。織田信長。尾張国を統治している大名だ」
いきなり、大名が目の前にいる。てか、なんで戦場から離れているこの丘にいるのだ、この男。
「リンです。隣にいるのは、ロイと言います」
「リンとロイか」
「信長様。なんで、この丘にいるのですか?」
「本陣にいるのが暇でな。斎藤家も本気で、攻めに来ている訳でもなさそうだから、散歩をしていた」
「大名が、散歩?」
王が戦場で、散歩するなんて聞いてないぞ。果敢な王が、戦場を回って激を飛ばすならわかるが、暇だから散歩するなんて、初めて聞いたぞ。
「異国の者、なに拍子抜けた顔をしている」
「変わった大名がいるなと」
「よく言われるわ。それよりも、なぜこの丘にいるのだ? ただの見物でもあるまい」
むやみに正体を晒すようなことを言わずに、行きたい方角だけ伝えよう。
「私達は、西を目指しております」
「ほう、西? 目指す理由は?」
「私の兄弟である兄の暴走を、止めるためです。このまま暴走させとけば、領民の命も危険になります」
「なるほど、兄の暴政を止めるため」
「しかし、西に行こうにも各国が戦を繰り広げているため、容易に移動ができません」
「そうだろうな」
「そこで、商人に助言を求めたところ、尾張の大名は『変わり者好き』という情報を聞き、力を借りに来た次第です」
「なるほどな」
信長は、しばらく黙り込む。
「わかった。力になろう」
「ありがとうございます」
「ただし」
信長は剣を俺に投げて渡した。
「斎藤家の刺客を倒したらという条件付きだ」
信長がそう言うと、黒装束で全身を覆った者が複数現れた。
「もう一人の方は、俺の槍を貸すよ」
利家は、槍をロイに渡す。
「リン様」
「あぁ」
いきなり、戦闘か相手は五人。
「……」
「なっ!」
無言で攻撃してきやがった。しかも、この動きは素人じゃない。ちゃんと訓練された敵だ。
「リン様!」
ロイは、槍で攻撃をいなしながら、俺の方を見る。
「ロイは、俺に構うな! 目の前の敵に専念しろ!」
魔力が使えないから、思うように体を動かせない。魔力で、身体能力をあげれば、この程度の敵なんか、瞬殺できるのに。
「異国の者、なかなかやるな」
「彼ら、実戦慣れしていますね」
信長と利家は、助けるつもりはないようだ。こいつらを倒すしか方法はないか。
「素顔も知らない人間。すまないな」
俺は、相手が武器を持っている手に蹴りを入れた。
「ぐっ!?」
黒装束の男は、たまらず声をあげ、持っている武器を落とす。その隙を逃さず、相手を斬り捨てた。
「まずは、一人目」
「死ね……!?」
死角から、攻めて来た刺客を。剣を後ろに突き刺す。刺客は、武器を振り下ろす間もなく、地面に倒れた。
「二人目」
「さすが、リン様。魔力無しでも、十分に強い」
感心したようにロイは言うが、既にロイの足元には黒装束の男、二人が倒れていた。単純な、武器の扱いならロイの方が強い。ロイは、魔王領内でも、上位に入る強さだ。
「ちっ……」
残りの一人は、小さく舌打ちをすると、その場から立ち去った。
「リン様、さすがです」
「ロイは、相変わらず強いな」
俺は、信長に剣を返す。
「どうだ? 使えそうか」
「うむ。織田家へ、ようこそ。歓迎するぞ」
俺とロイは、織田信長の配下になった。
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