第一章

魔王領からの追放

 十年続いた魔王と勇者の戦争は、両者相討ちで幕を閉じた。魔王を失った魔王領で何が起きるかというと、王の継承者争いだ。魔王は、遺言を残さずに死んだため、次の魔王を誰にするかで、内乱状態に陥っていた。


 魔王には、五人の子供がいる。四男と五男は、まだ幼いため、後継者争いには加わっていないが、三人の子供が、他の魔族を引き入れ派閥を作り争っている。


「今度は、オーク族とリザードマン族が、支援している兄上達を王にするため、戦を始めたのか」


「はい。リン様、先代様が死んで半年。魔王領で、五度目の戦となります」


 自分の右腕となる配下のロイから届いた報告を聞いて、俺は頭を抱えた。

「仲間同士の争いは嫌いだ。魔王の座など、どうでもいい」


 俺は、好きで魔王の子供として生まれた訳ではない。ただ、魔物や魔族が平和に暮らせる日常が来てほしいだけだ。仲間同士で、争うぐらいなら王の座などいらなかった。


「リン様は、五人兄弟の中で一番心優しいお方。私も含め、平和を愛する者達がリン様を支援しているのです。どうか、王の座を諦めないでください」


 ロイの言う通り、私を王座につかせようと支援している者達は、心優しい者達だ。継承争いをしている俺を含む三人兄弟は、全く思想が異なる。人間領に侵攻を目指している長男レイを推す者達は、闘争本能が強い。次男のアルは、金のことをずっと考えており、賄賂を渡し支援者を集めている。なので、アルの周りは、金に目がない支援者が集まってる。


「そうだったな。私を応援している者達がいるなら、それに応えなきゃいけない」


 俺の返事を聞くと、ロイは笑顔で頷いた。


「それにしても、ロイ」


「どうしましたか?」


「今朝、人間の血を吸ったのか?」


「なっ、どうしてそれを!?」


「口周りに、血が付いている」


 ロイは、慌てて口周りを拭いた。吸血鬼であるロイは、喋ると犬歯が見え隠れする。その犬歯も赤く染まっていた。


「失礼しました」


「リン様!」


 ロイと話していると、私の屋敷で働いている執事が部屋に入って来た。相当慌てて来たのだろう。普段隠している黒い尻尾が、ズボンから出ていた。


「どうした?」


「アル様から、手紙が届きました」


「アルから?」


 執事が持っている手紙を受け取る。封を外し中の手紙を取り出す。王位巡って争っているタイミングで、手紙か。なんのようだ?


『リンへ 。久しぶりだな。最後に会ったのは、父の葬式以来か? 二人だけで、話したいことがある。内容は、もちろん王位継承についてだ。お互いの仲間達が傷つくとこは、もう見たくないだろう。ぜひ、一度会ってほしい。 魔王の息子アルより』


 間違いなく、アルが書いた文字だ。本物で間違いないだろう。封の中には、手紙の他にも、集合場所と集合時間が書かれたメモが書かれている。


「リン様。なんて書いてありましたか?」


 ロイは、気になった様子で俺に聞いてくる。


「アルが、二人だけで俺に会いたいそうだ」


「アル様が!?」


 ロイは、驚き動きが固まる。


「リン様、アル様のことです。なにか、悪だくみを考えているかもしれません」


 ロイが疑うのもわかる。アルは、王位争いをしている三兄弟の中で、最も頭の回転が早い。そして、一番ずる賢い男でもある。


「俺は、アルの所に行き、会うことにする。血を分けた兄弟だ。家族のことを疑いたくない」


「リン様……」


 ロイや執事が心配する中、俺はアルが指定した場所に向かうことにした。



「指定された場所は、この建物か」


 都より少し離れた郊外にある廃棄された屋敷。こんなところにアルがいるのか? もしかして、俺は騙されているのか?


 頭の中で、様々な疑問が出て来る中、屋敷の中に足を踏み入れる。屋敷の中は、生き物の気配を感じないほど、静まり返っていた。


「アル兄さんー!」


 自分の屋敷では、呼び捨てにしている。しかし、実際に会うなら、敬意を示して『アル兄さん』と呼ぶことにしている。


「こっちだ! リン」


 遠くの方で、アルの言葉が聞こえた。声の方向を頼りに進むと、ある部屋の前に辿り着いた。


「この部屋に、アル兄さんがいるのか」


 部屋の中に入ると、奥にある椅子にアルが座っていた。黒い二本の角を生やし、背中からは黒い羽が生えている。魔王の息子である証拠だ。アル本人で、間違いない。


「よく来てくれたな」


 アルの手には数枚の金貨を指の合間にくぐらせながら、回している。相変わらず、お金をいじっているのが、好きな兄さんだ。


「アル兄さん。わざわざ呼び出して、なんの用ですか?」


「手紙にも書いてあっただろう、王位継承についてだ」


 アルは、椅子から立ち上がり、金貨をいじることを辞めた。


「なぁ、リン」


「なんですか?」


「魔王になること、諦めてくれないか?」


 心の中で、大きなため息が出た。わざわざ、郊外まで呼び出して話す内容が、それなのか。


「アル兄さん」


「わかってくれたか!」


「私は、王位を諦めるつもりはありません」


 今朝の俺なら、諦めていただろう。だけど、こんな私を支援してくれる者がいる。王位を諦めたら、そのものに顔向けができない。


「そうか」


「話は終わりですね。私は、帰ります」


 俺は、部屋を出ようとした。


「残念だ」


 アルが、その一声をあげた瞬間。部屋全体が赤く染まった。


「これは、結界術!? アル兄さん! なにするつもりですか!?」


「可愛い弟には、残念だが、ここで王位継承争いをリタイアさせてもらう」


 俺の足元に魔法陣が浮かび上がる。


「同じ魔王の息子である俺に、結界術と魔法が効くとでも?」


 魔王の血を引く一族は、生まれながらにして膨大な魔力が使える。魔力を膨大に使えることは、強力な魔法を使うことが可能ってことだ。こんな、結界術と魔法なんて、俺の魔法で相殺してやる。


「お前なら、抜け出そうと思えば抜け出せるな。だから、工夫させてもらった」


 アルが片手をあげると、天井からトカゲの姿をした人型の魔物、リザードマンが多数現れた。


「リザードマン?」


「リザードマン。お前たちの家族は、俺が莫大な恩賞を与えると約束する。だから、生贄になってくれ」


「はっ!」


 リザードマンは。そう言うと自分の首に刃物を突き立てた。地面が、リザードマンの血で赤く染まる。すると、俺の足元にある魔法陣が赤く光り出した。


「これは、使用を禁止されている禁忌の魔法!」


 何百年も前から、禁止されている生贄を使った魔法。アルは、そんな魔法まで使って魔王になりたいのか。


「弟よ、二度と会えないと思うと寂しいぞ」


「禁忌の魔法を使ったことがばれたら、いくら王族でもただじゃ済まないぞ!」


「そこは、抜かりない。この辺りの自治組織は金で買収しているからな。けけけ!」


 魔法陣から出ようにも。魔法陣の拘束が強すぎて出ることができない。俺の周りが、どんどん白くなっていく。


「リン様―!」


 突然、天井からロイが現れた。


「ロイ! どうしてここに!?」


「すみません。自分はリン様の兄を信用できず、隠れてついてきました」


 ロイは、俺の隣に降りた。


「ちっ。リザードマンを隠すため、上の結界を引き伸ばしたのが悪かったか。結界の耐久力が落ちていたな」


「すまないロイ。助言を聞いていれば、こんなことに」


「仕方ないです。私も同じ立場だったら、リン様と同じ選択をしていました」


 視界が白くなっていく。


「だが、まぁいい。お供の一人ぐらい、おまけで付けてやる。じゃあな、弟!」


「絶対、戻って来て、お前が犯した罪を裁いてもらう。待っていろ!」


 俺は、ロイと共に白い光に包まれた。

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