第34話 ガイアーノの三神

ヴァンツァール大陸の東、最大の町。

ここ王都には大陸ギルド本部、大聖堂、そして煌びやか且つ堅牢で要塞的でもあるヴァンツァール城が聳え立つ。

お城を中央に同心円状となるよういくつもの城壁が町を区切っている。

そして街をドームのように防護結界が覆い、出入りは何重にもなる中央門のみ。


ここまでの防衛力。

王都にネズミ1匹アリ1匹と入ることは叶わず。そう言われて何百年も平穏という麻薬に冒されてきていた。


そんな緩み切った人間の油断が魔族は大好物なのだ。平和ボケできるほどの平和。

奴らが見逃すはずはない。


少しずつ、確実に蝕んでゆく。

初めは衛兵を。次に町人、商人、ギルド職員、牧師、最高議会議員。

次々と、まるでリバーシの駒が白から黒へ裏返される様に、ひとり、またひとりと魔族へと成り替わる。


そして今や王の直近までもが人の皮を被った魔族なのだ。


まさに最強の城壁を誇る王都は大量の人質を囲うための牢獄と化していた。



その王城の最上階。

さらにはその上の屋根に捻れた角と黒い尾を持ち、顎鬚を撫でながら座する影。

我が街と言わんばかりの「王都」を眺める醜悪な魔王と、さらには妖艶な魔王リヴァイアサンがいた。


髭を撫でる手を止め、つぶやく悪魔。

『怠惰、怠惰。人間が必ず行き着く弱い心だ。群れることで他人に頼る。怠惰の心は悪魔への招待状だとなぜ気づかんのじゃろうか。このベルフェゴール、楽な仕事ばかりじゃ。』


『さすがですね、ベルフェゴール。まさに怠惰の王。王都はもう、いつでも思い通りになりますわ。そういえば私の嫉妬心を掻き立てるほど手に入れたい身体がひとつ見つかりましたので、少しご協力願えますこと?』


『ほう、嫉妬の姫さんからの頼みとは珍しい。まあ、この操り人形どもにやらせるさ。ついこの間、いい駒になりそうなヤツも手に入ったしの。』

ベルフェゴールは醜い顔をさらに歪めてニヤリと笑った。


………………


場所は移りギルド応接間。


戦力の確認、旅の準備、あとは道のりか。


「ギルド長、王都へはどのルートがいいでしょうか?」


「そうじゃの、王都はここより南東にあたる。まずはエルフの里に向かい、そこから東へと進むのが良かろう。エルフの里と王都の間に谷があるのじゃが、その渓谷にはユアンたちドワーフの里、ガイアーノもあるぞ。」


「でもユアン、行ったことない。」


「確かバールが若い頃はその里にいたはずじゃ。渓谷の岩盤に洞窟のような穴を開けて住居や作業場にしとる。装備を整えるためにも寄れたら寄ってみい。」


「とても綺麗で壮観なとこだって小さい頃バール爺やから聞いたわ。」

とエリーが懐かしむように言った。


「じゃ、まずはエルフの里、そこからガイアーノを経て王都のルートにしよう。」



そうと決まれば、すぐに準備に取り掛かろう。



………………


ピチョン、、、ピチョン、、、、

天井から水が染み出し、雫が落ちる。


カビ臭く、湿気の多い王城の地下、一部のものしか知らない部屋がある。


鉄の扉の先、石造りのその暗い部屋に麻黒い肌の美しい女戦士が壁に鎖で繋がれている。

身体は傷だらけで、軽くウェーブのかかった銀色の髪も血で所々が赤く染まっている。


「ぐっ、正気を、、保て、、なくなる、、クソ、、」


ビスチェのような鎧の下の豊満な胸元からジワジワと黒いアザが広がってきている。


「畜生、、、こんな、、とこで、、、ぐ、ぐわぁぁぁぁ!」


声を上げて痙攣した直後、ガクリと首を落とす。

髪が乱れ、隠れていた長くとがった耳が露わになった。


程なくしてその部屋の重たい鉄扉を金属が擦れ合う音と共に開ける者がいた。


醜悪な顔が蝋燭の明かりでさらにおぞましく映る。ベルフェゴールだ。


『やっと私のおもちゃになったか?お前には使い魔を乗り移らせるよりその戦闘力のまま操る方が得策だと思ってな。ダークエルフはエルフより魔法耐性が低いと思っておったが、なかなか粘ったのぅ。』


ガチャリと鎖を鳴らし顔を上げたそのダークエルフの目が赤く染まっていた。


………………


一日で準備を済ませ、アンドレ商会に顔を出す。


すぐにバール爺が出迎えてくれた。

「おお、ジン殿、エリーお嬢様、ユアン!良くきたの!」


「バールさんもお元気そうで何よりです。今日はガイアーノについて聞いておきたくて寄らせてもらいました。」


「ガイアーノへ行かれるので?あそこにはまだ儂の弟、レンチがおりますぞ。儂らはおいぼれなんで、まだ生きてればですがの、ワハハハ。」


「弟さんがいたんですか?弟さんも魔械師で?」


「いやいや、アイツは儂と違って刀鍛冶をしとります。刀匠レンチなんて呼ばれて偉そうにしとるんで気に入らんが、なかなかいい剣を作りますよ。」


エリーが驚く。

「刀匠レンチ!!?あの??三神に兄弟で?!私、知らなかった!」


ん?なんだそりゃ?

「三神?」


「そうよ、この世の最高峰、武具の神匠[レンチ]、防具の神匠[ゲンノウ]そしてご存知、魔械具の神匠[バール]!」


「え、バールさんて神匠って呼ばれてるの?」

道理でアンドレさんが欲しがるわけだ。


すると嫌な顔をするバールさん。

「そう呼ばれたくないんで、自分では隠してますのじゃ。」

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