電脳怪談の遊戯少女

2-PROLOGUE

 それは満月の綺麗な、深夜の事だった。




 一人の男が、オンラインゲームに興じていた。


 彼は30代にもなって恋人が出来ていない。夜の店に行く金も無かった為、未だに童貞。度重なる失敗で会社を転々とし、果てはフリーターに堕ちてしまった身だ。


 彼の人生は不幸続きだった。小学時代から多大な被虐いじめを経験しており、それが高校まで続いた。周りに味方などいなかった。親もまた彼を認めず、罵声を浴びせ続けた。社会人になってようやく親から解放され、一度は死を望んだものの、結局死を恐れて生き続けている。


 彼にはオンラインゲームしか無かった。そこだけが、唯一の安らぎの場所。他の者の言う温泉のようなものと言えた。




 その夜はオンラインゲームのサービス終了日だった。彼が最もプレイしていたオンラインゲームの中で、彼ともう一人、同じギルドの唯一残ったメンバーが同じ場所で『その時』を待っていた。


 そして、『その時』は訪れた。




「ん?」


 不意に、男は違和感を感じた。全身に、いや周りの全てに。




 視界に彼のPCは無かった。有るのは青い、青い空。


 男は震えた。自分は確かに室内にいたはずだ、と。PCが前にあるはずだ、と。しかし目の前に広がるのは、青8、雲2と言った所の晴れ空だった。


 男が起き上がろうとすると、何やら下で音がする。


 それは草の音だった。


「おいっ……何だ、こりゃ?」


 彼はさらに、暖かい空気に包まれているのを感じた。そして起き上がった彼の目の前には。




 




「おい……こりゃ何なんだ?」


 男が漏らす。しかしここで、また違和感が男に生じた。


 いつもならこんな美麗な声ではない。覇気が微塵も感じられない、ダサい声の持ち主。そう自負している彼の声は、しかしアニメのようなイケメンの声になっていた。それも、とても聞き覚えのある声。




 そこで彼は気付いた。




 彼の記憶が正しければ、ここは推奨レベル200の『猛竜の草原』。草原でありながら、強いモンスターの代名詞たるドラゴンが埋め尽くす、いわば『最後の草原』。


 強い武器を揃えた彼でも、ここには苦戦していた。今の自分の装いを見るに、生きて街に入れるか否か、という具合。




 ズシン、と彼の後ろで音がした。直後、唸り声。


 彼は恐る恐る後ろを見た。




 そこから何が起こったのか、彼にも分からなかった。









 男の部屋には、電源の付いたPCだけがテーブルに残っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る