1-5

 ドサッ、という音を立てて二人は建物の中に入った。


「あいたっ!」


「いてっ……」


 裕誠と夏子が口々に言った。


「うーん……この建物は……」


「安全な所だったらちょっと休憩できそうだな……」


 夏子が感じた希望は、その二秒後、絶句に変わった。


「んなっ……」


「ど、どうしたんだよ夏子さ……はっ」




 何台ものトラックが規則正しく並んでいた。


 数えてみると、左に10台、右に10台。人こそ一人もいなかったが、今の二人にはこの二十台のトラックだけで十分な絶望だった。


「おい……ここって」


「間違いない……」


 そこは倉庫だった。トラックの集まる、運輸倉庫。




「ようこそ貴様らの墓場へ」


 男の声が高らかに無慈悲を宣告した。


「ここまで手こずったのは俺の聖務上、初めての出来事だよ」


「ここに……誘導してたのか……?」


 夏子が言う。その顔は動揺を隠しきれていない。


「如何にも。後ろも前も封じ、貴様らをここに入れたのだ」


 ビッグリグスが冷たく述べる。


「この二十台のトラック、そしてこの狭い空間内なら確実に貴様らを殺せる」


「ああ、そうかよ」


 夏子はもはやこれまでといった口調で言った。それを聞いて裕誠も諦めかけた。だが夏子は続けた。


「ホントなら、家の件でもアンタを倒したかった……まああんな家にいても異世界に転生しても不便なのは変わんねえな。だからアタシは死んでもいいが……死ぬ前に一つ聞いていいか?」


「どうせそれも裕誠を逃がす為の時間稼ぎなんだろう?」ビッグリグスが不機嫌な笑いを上げる。「その手に二度も引っかかる俺だとおも――」


「いーや、今回はマジで違う」夏子が顔色も声色も変えずに言う。「今度こそ潔く行動してやんよ。だからこれだけは聞きたい」


「本気で言っているのか?」ビッグリグスが首を傾げた。「先程まで俺から逃げ回っていなくとも、貴様らは弱者男子とホームレス少女。幸せな生に執着しているのが普通ではないのか」


「いや、お前に追っかけ回されて生きるよりかは素直に死んだ方が幸せかなって」


「そうか」ビッグリグスは頷いた。そして腕を振りかぶる。「ならすぐにでも――」


「お前は」夏子の一声でビッグリグスの手が止まった。「何の為にこんな仕事をしてんだ?」




 裕誠の脳に、そしてビッグリグスの脳に、その声は響いた。片や重い哲学的なとして、片や自分についての質問として。


「それは……」


「お前がそんなに人を殺して、何が得られるってんだ?」


「夏子さん……」裕誠が夏子を呼んだ。


「裕誠」夏子が裕誠に応えた。「お前は誰にも迷惑をかけてねえ。周りが勝手に迷惑だって思いこんでるだけだ」


「それって」


「しばらく聞いてな。人に『迷惑』のレッテルを貼って勝手に殺す奴の答えを」


「フフフッ……ハハハハハハハハハハ」それはビッグリグスの、ここまでで最も高らかで大きな笑いだった。「いや、参ったよ、まさか『俺の利益』について聞いてくるなんてな」


「何が可笑しい」夏子が短く言った。


「そうか、そうか、俺が自分の求める何かの為に人殺しの仕事をやっている、とでも思ったのか」


 ビッグリグスの笑いはまだ続く。


「俺はただボランティアだって思ってやってたんだよ!だから自分の願いなんて考えた事はない!忌々しい穀潰しの弱者共が死んで世界が安泰になってくれればそれでいい、世界の為だと思って13年間殺してきたんだよぉ!神様からのお願いでさぁ!」


「じゃあ!」


 突如、裕誠の声が彼の笑いより大きく響いた。


「ん?」


 ビッグリグスも笑いを止めた。


「それならこの世界の技術レベルを上げて、誰もが救われる世界にしてくれって神に願ったらどうだったんだ!」


「ゆ、裕誠……?」


 裕誠の声に、夏子も圧倒されていた。


「それが出来たら……」ビッグリグスが呟いた。「それが出来たら我らが神はとっくに実行なさってたさ!」


 ビッグリグスの声が再び大きくなる。今度のそれは笑いだけではなく、怒りにも聞こえた。


「神様だって俺達と同じ、感情を持った存在なんだよ!そんな神様が『技術レベルなんて上げなくてもいい』って考えたから技術レベルは上がらず、『アフリカのガキ共は今まで通り苦しんでもいい』って考えたからソイツらは苦しみ続け、『格差は当然』なんて思ったから格差も無くならないんだ!そんな中で人口が増えて穀潰しの弱者共まで現れた!かといってアフリカのガキ共を異世界送りにしちゃ可哀想だろ、だからお前らみてえな先進国のゴミ共を異世界に捨てるって事だ、分かったらさっさと死ねや貴様ら!」


 そしてトラックが二人の両側から迫ってきた。


「ま……」


 裕誠の言葉は、虚空に止まった。




 ドカン。


 その音を、裕誠は聞いた。


 その耳で。


「俺は……」


「ったく……お前が余計な事言うから予定が狂っちまったじゃんか」


 少女の声。否定的な事を言っている割に、口調は意外にも穏やかだった。


「だがな、お前のその言葉、その考え……嫌いじゃないぜ」


 閉じていた目を開けた瞬間、裕誠は少女が涼し気に立っているのを見た。そして左右を見ると、トラック達がカーテンのような網目状の何かに阻まれていた。前方もまた、そのカーテンに守られていた。


「『Vorhangヴォーハング desデス Schutzシュッツ。『守護のカーテン』だよ」


「夏子……さん」


「『さん』はつけなくてもいいかもな」夏子が優しく言う。「お前はアタシにとって結構面白い事を言ったんだ。友達にでもなれそうだって思っちまうよ」


「え……」


「アタシの実家は、宗教家だった」夏子が述べる。「アタシが魔法少女だって分かった途端に無理心中しちまってな。相当敬虔に神様ってヤツを信じてたよ。アタシもそうだった」


 裕誠はただ、黙って聞いている事しか出来なかった。


「だが、実家の無理心中と二年前の戦いを経て、『神なんていない』って思うようになったんだ」


「夏子さん……それって」


「アイツが『神の使い』だって言うから、もしかしたら神がホントにいて、アタシにキレたのかもって思ってたけど……ま、テメエの好き勝手な理由で人を苦しめるようなアイツの上司が『神』な訳があるか、ってね」


 裕誠は彼女の言いたい事が分かった気がした。ビッグリグスの方を向いた夏子を振り返る。夏子も裕誠を振り返る。


「カーテンの効果が切れる前に逃げとけ。こっからはアタシとアイツだけで決着ケリをつける」




「……分かった。死なないでよ、


「裕誠こそ、後で元気な姿見せろよ」




 裕誠が夏子の後方で走り出す。結界の効果が切れる頃には、もう裕誠の姿は無かった。


「きいいいいいいいいいさああああああああまああああああああああああ!!!!!!!」


 もはや人間離れした怒りの形相のビッグリグスが、自分の立つトラックを前から走らせていた。その速度は人間離れした身体能力を持つ夏子でも逃げ切れないレベルだった。


「やはり貴様からぶち殺してくれる!!」


「ふーん、いいよ」夏子は涼し気に呟いた。「アタシを殺せたらヤツを殺してもいいぜ。だけどな!」


 そして夏子がトラックに向かって地面を蹴った。


「面白い、まさか自分から死にに向かうとはな!」


 ビッグリグスが嬉々として言う。しかしその瞬間、夏子はスライディングを行った。


「?」


 その一秒後、トラックの動きが止まった。


「おいっ……どうした、動け!動けっ!」


「ソイツぁもう動かねえぞ」


 ビッグリグスの後ろから夏子の声がした。振り返ると、やはり夏子がいる。


「持ち主にゃ悪いが、槍で留めといてやったのさ」


 慌ててビッグリグスがトラックを見回す。荷台に槍が刺さっていた。


「貴様ぁ……!」


「どうせなら外でやろうぜ、お前のそこならお前の方が有利だろ?」余裕の表情で彼女は言った。


「フン、どうやら全力で殺されたいらしいな」ビッグリグスも余裕の表情を崩さない。


「ならば望みどおりに!」


「そうこなくっちゃ……ね!」


 トラック後方で再び物音。その一秒後、夏子は既に前方にいた。


 槍が抜けたのを悟ったビッグリグスも、トラックを動かす。




 外にはさらに多くのトラック。


「そうか……ここがトラック倉庫ではなく、運輸倉庫だと知った上での決断か」


 ビッグリグスが両手を広げる。


「その気遣いのお陰で、貴様を殺すのにこれ以上手を焼かずに済むなあ!」


 彼が左足でトラックを踏み鳴らすと同時に両手を前で打ち鳴らした。


 その瞬間、トラックが跳び上がった。そして空中に浮く。同時に全てのトラックが夏子めがけて一斉に走り出した。


「さあ、ヤツを殺せ!!」


 トラックが夏子を取り囲む。半数は地上から、半数は空中から。もはや夏子に逃げ場は無い。


 しかし。


「ああ……殺されるよ……お前がな!」


 夏子は満面の笑みを浮かべていた。待ってました、とばかりに。


「!?」


 地上のトラック達が互いに激突する。その上に、夏子の姿。


「油断してるとこを崩すのはやっぱ面白え!」


「ハッ……!」


 ビッグリグスが腕を振る。それに応じて夏子の前方からトラックが迫る。


あめえよ」


 そのトラックを、夏子は槍で受け止めた。


 夏子の体とトラックが地面に落ちていく。しかし夏子はその身のこなしでトラックの上に登る。


「往生際の悪い小娘がぁ!」


 ビッグリグスの腕に合わせ、次々とトラックが夏子に降り注ぐ。


「ありがとよっ!」


 その上を夏子が飛び移っていく。次第に縮まる距離。気づいた時には、ビッグリグスの目の前だった。


「ぬぁっ……!」


「お前は人じゃねえ、ロボットだ」夏子が槍の先をビッグリグスに向ける。「人を殺すようなロボットは、壊されても何にも文句は出ねえ」


 そのまま槍がビッグリグスを貫いた。


 目と口を見開き、ビッグリグスが夏子を向く。


「かはっ……」


 しかし、何の抗議も言葉も出なかった。


 出たのは、真紅の液体の形をした終焉宣言。




 彼の支配を離れたトラック達が落ちていく。夏子の体も、ビッグリグスの体も。




「……すっげえ……」


 安全な物陰からそれを見ていた裕誠が、感嘆を呟いた。

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