1-4

「なるほど……貴様が俺の仕事を邪魔した――」


 言い終わらないうちに、夏子がビッグリグスの懐へ入り込んだ。


「これまで何人も殺してきたんなら、今殺されても文句は無えよな?」


 槍の切っ先がビッグリグスに向く。


 だが。


「いや、神に与えられし聖務を妨害した貴様の方こそ殺される」


 横からもう一台のトラックが激突した。


 激突された方のトラックが道路を滑る。夏子は態勢を崩し、トラックから落ちてしまった。


「ぐっ……」


 勢いよく叩きつけられる夏子。そのまま数回回転し、痛みが多方向から襲い掛かる。


「ハハハハハ」


 激突前にトラックから降りていたビッグリグスが笑う。


「おい……これがお前の能力か?」


 夏子は不快感を乗せた目でビッグリグスを見る。


「いかにも、これが俺の能力」ビッグリグスは右手を後ろから前へ突き出す。「トラックを自在に操る能力だ」


 一秒後、トラックがビッグリグスの後ろから猛スピードで現れた。そのトラックには、人が乗っていない。


「ぎっ……!」


 夏子は左手の方へ飛んだ。トラックは夏子に命中せず、建物にぶつかる。崩れる音が重く響いた。


「成程ね」夏子は忌々しそうに短く言った。「だから余計に人を巻き込まずに、対象者だけを殺せるって訳か」


「鋭いな、貴様は」ビッグリグスは両手を水平に伸ばした。右手を真正面に、左手を斜め左前に。「だから尚更邪魔に思えてきた」


交差点の二方向からトラックが夏子に迫る。


「後ろからは避けられまい」


「クソッ……!」




 大きな音と共に、夏子のいる場所から土煙が上がった。


「ハハハッ、魔法少女もこんなものか」


 ビッグリグスは高らかに言った。


「さて、残るは裕誠か」


 裕誠のいた場所へビッグリグスは向かった。


 そこに裕誠の姿は無かった。


「何ッ!?」


「そこだあぁっ!」


 ビッグリグスの後ろから、夏子の声がした。振り向いた時にはもう槍は突き出ていた。


「き……貴様ァァァァァァァァァァァ!!」




 そして地面が動いた。


「うおっ!?」


 夏子が突き出した槍はビッグリグスに刺さらなかった。


 夏子は金属の床に叩きつけられた。そのまま体が落ち、更なる衝撃に襲われる。


「ぎゃあっ!」


 痛みに思わず目を閉じた夏子。次に目を開いた時には、トラックが迫って来ていた。


「ぐっ」


 足に全力を込め、トラックの当たらない位置へ逃れる。


 夏子の後ろで再び轟音が走った。


「そうか……貴様、ヤツが逃げる為の時間稼ぎを……!」


 ビッグリグスの乗るトラックが再び後退する。


「ならば貴様を相手にしてはいられないな!」


 そのトラックは夏子ではなく、正反対の方向に向かった。


「まずい」


 夏子は足に再び全力を込め、地面を勢いよく蹴った。




 トラックのエンジン音が、裕誠の耳に入った。


「っ……!」


「逃げられると思うな、小僧!」


 先程までの落ち着いた形相を憤怒に崩したビッグリグスが叫ぶ。そのまま彼の立つトラックが裕誠に向かって加速する。


「なっ……」


 もはや裕誠が逃げ切れる速さではない。だが。


「あれは」


 ふと裕誠の目に電柱が映った。


「よしっ」


「死ねぇッ!」


 トラックがぶつかる音がした。


「やったか!?」


 しかし足音は止まらない。


「!?」


 嫌な予感を覚えたビッグリグスが下を覗き込む。


 そこに裕誠の死体は無かった。あるのは折れた電柱だけ。


 視線をずらすと、尚も走る裕誠の姿が。


「くっ……ちょこまかと!」


 トラックを後退させ、もう一度裕誠の方向へ加速する。


「ならば四方向からだ!」


 宣言通り、裕誠の耳に四方からエンジン音が響く。


「……!」


 裕誠は今度こそ死を覚悟し、目を瞑った。


 トラック同士の衝突音が大きく響き渡る。


「ったく、早々に気づかれるとか……アイツも厄介だな……」


 少女の声が裕誠の耳に入った。気が付くと、体を持ち上げられているような感覚が裕誠の体を包んでいる。


「大丈夫だ。逃げるの手伝うぞ」


 それは先刻から聞いた声だった。裕誠は目を開ける。


 暖色に彩られた非現実的衣装が見えた。それは紛れも無くのものだった。


「夏……子……」


「とりあえず川の方に逃げるぞ」


 二人は屋根の上に着地した。その時だった。


「そんな所まで追ってこられないと思ったか?」


 男の声がした。二人は声の方を向く。




 トラックが一台、にいた。


「……!?」


「俺の能力はトラックを『自在に操る』能力」男が両腕を横に伸ばした。「『トラックに空中を走らせる』なんて事も出来るのだ!」


 男が前で腕を伸ばして手を鳴らした。


 するとトラックが二台、裕誠と夏子に急接近した。


「ぐっ……!」


 全力で跳躍する夏子。それに引っ張られる裕誠。


 二人のいた場所に、二台のトラックが激突した。崩壊音が大きく吠えた。


「そこまで俺の邪魔をするのなら」


 ビッグリグスの立つトラックが前輪を軸に旋回した。


「貴様ら二人とも異世界送りだ!」




 トラック、トラック、トラック。


 巨大な鉄の弾丸が二人を追い続ける。


「貴様らを殺さずにはもはや帰れまい!」


「しっかり掴まってろよ裕誠」


「あ、ああ」


 二人の走る場所をトラックが横切る。


「貴様らが早く死ねば、他に人を巻き込まずに済むのだ!」


 苛立ちそのものとなったビッグリグスが声を荒げる。


 その形相のまま腕を振り、トラックを二人に命中させようとする。


「危ねえっ……!」


 夏子もまた焦燥しきっていた。


 右手で槍を強く握りしめ、左手で必死に裕誠の手を掴んでいる。


「一人でならともかく、守りながらってのはキツいぜ……!」


 彼女もまた、裕誠を守りながら棒高跳びの要領でトラックを避けていた。




「ええい、いい加減命中しろ……っ!」


 我慢の限界を迎えそうなビッグリグス。


 次の瞬間、彼の目にが見えた。


「丁度いい……そこで終わらせてやる!」


 ビッグリグスは更に腕を振り、トラック攻撃で二人の進路を塞いだ。


「「ぃっ……!」」


 二人の足が止まる。


「一旦下の方に逃げるぞ」


「ああ……そっちの方がいい」


 二人は下の道路に飛び込んだ。


「ほう……なら」


 ビッグリグスは下に両腕を向けた。




「「ふぅ……はぁ……」」


 二人は息を戻そうと深呼吸をしていた。


「こんなに息が上がったの、二年ぶりだぜ……」


 夏子が呟いた。それをよそに、裕誠も呟いた。


「あ……あれ……」


 夏子が振り向くと、裕誠が指をどこかに向けていた。


「何だよ……ぁっ」


 その指の先には、トラック。


「マジかよ……」


 夏子と裕誠は互いに手を繋いだ。


「逃げるぞ」


「ああ」


 駆け出す二人。


 夏子の走力によってトラックとの距離は広がっていく。


 しかし。


「っ!」


 夏子がブレーキをかけた。


「どうしたんだよ!」


「この先で二台のトラックが向かってくる!」


「ええっ!?」


 ふと裕誠の目に建物が見えた。


「ひ、左だ!左の建物に入ろう!」


「わ、分かった!」


 裕誠の声に従い、夏子は裕誠を連れて建物に入った。




「よし……」


 ビッグリグスの呟きが、虚空へと溶けた。


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