1-3

「――さっきは、ありがとうございました」


「別に」不機嫌そうに少女が言う。「ただ人助けが好きなだけだ」


 二人は山谷さんや地区の、少女が根城にしている簡易住居に着いていた。


 裕誠は山谷地区がスラム街だと聞いていたので、入るなりすぐに身構えていた。しかし、心のどこかで「いざとなったらこの女の子がどうにかしてくれるだろう」とも思っていた。幸いにも特に何事も無く少女の根城に着けたが、未だにある種の緊張感は抜けない。


「アンタには馴染みもねえだろうが、まあゆっくりしてってくれ」


「はあ……」


 住居内は意外にも清潔で整っていた。女の子だからだろうか、あるいは生きる為に自然に身に付いたのだろうか。布団となる毛布はマスコットキャラ柄で、やはり年相応だと感じさせる。ゴミ箱と思しきプラスチック桶の中には、食べたであろうスナック菓子などのゴミが溜まっている。廃屋の屋上にあるホームレス美少女の家は、あまりにも清潔だった。


「風呂なら、近くに『湯どんぶりの栄湯』ってのがある。500円だ。洗濯もコインランドリーでやってるから安心しろ」


「……妙に清潔感だけは大事にするんだな……」


「あったりめーだ。汚ねえのだけは耐えらんねえ」


「そっか……」


 ホームレスでも清潔感を保とうとする人がいるんだな、と裕誠は思った。


「ちなみにだけど、お金ってどこから……」


「ああ、前はスリやったりATMぶっ壊したりで稼いでた」


「ええっ!?」


「ま、今はもうそんな事はしねえよ」少女が簡易椅子にもたれて言う。「近くのラーメン屋で働いてる。定休日以外毎日、な」


「ほ、ホントかなぁ……」


 裕誠は胸を撫でおろしきれない。こんな少女が犯罪に手を出していたと聞いて、改めて日本の治安が心配になった。しかし、今はこの少女に全てを委ねる以外に何も思いつかない。


「そろそろ本題に入るぞ」少女が背もたれから体を起こす。「いいか?」


「ど、どうぞ」裕誠が真顔で言った。「俺の身にまた何かあるとかだったら、今後は夜も寝れなくなるかもだから」


「分かった」


 少女は一息を吐いた。そして短く言い放った。






「アタシは倉十夏子。魔法少女だ」






「魔法、少女……あっ」


 裕誠の中で謎のほとんどが繋がった。


「もしかして、昨日俺を助けてくれたのって」


「ああ、アタシだ」


 彼女は短く肯定した。


「二年前、世界を救った」


「えっ?」


「まあそれについては全てが解決したら話すから」


 夏子はきょとんとする裕誠を指差した。


「アンタから妙な魔力反応を感じるんだよ。何かお前の人生に影響を及ぼすみてえな」


「ちょっと待ってくれよ」裕誠が顔色を変える。「魔法少女とか魔力とか、俺には『何のアニメなんだ』って風にしか感じられない。仮にそんなもんが実際にあったとしても、俺に何の関係が」


「関係があるから喋ってるっつーの!」


 夏子が虚空から剣のような槍を取り出し、裕誠の喉元に突き付けた。


「ひっ……」


「これで信じたか?」


「あ……ああ」


 それを聞いて、夏子は槍を引っ込めた。


「で、何だよ」


「分かった、続けるぞ……お前に突っ込んでったトラックも、その魔力に引っ張られてきた感じがしてならねえんだ」


「ええっ」


 槍が虚空から出るのはまだ分かる。だが俺についてる魔力が、トラックを引き寄せた、ってのはスケールでかすぎじゃないか。


 裕誠はこう思いつつ、次の話を待っていた。


「多分さっきのいじめっ子連中も、その魔力に引っ張られてアンタを攻撃しようとしたんじゃねえか、って」


「……つまり、俺がその魔力か何かの為に、命を狙われてる、ってのか?」


「いや、その魔力が何かしらの『目印』になってるかもしれねえ」


 夏子は天井を仰いだ。


「このままアンタを放っておくと、いずれまた命に関わるだろうな」


「そんな……」


「そこでだ」夏子が再び裕誠の顔を見た。「この魔力について何か分かるまで、アタシがアンタを――」


 途端、彼女の顔に殺気が走った。次の瞬間、彼女は裕誠にこう言った。


「危ねえっ!!」


 そこからの数秒間で、いくつもの事が起こった。




 最初の一秒で、家の土台たる廃屋が大きな音と震動を上げて崩れた。そこから二秒で夏子の家も崩壊した。夏子の必死の抵抗空しく、二人は投げ出されて金属の床に激突。痛みを感じたものの、夏子が下になった事で裕誠は激痛を免れた。そして三秒の後、人影が見えた。


「やあやあ、『印』を辿ってみたらこんな所にいたとは」


 その人影が来た所で、二人はここがトラックの上であると分かった。


 登って来たのは男だった。茶色の髪をオールバックにした、青い目の男。背は高く、灰色の作業服を着ていた。


「すんなり殺せなかったのは実に十三年ぶりだよ、そしてここでもまた殺せなかった」


「だ……誰だ、お前は……」


 夏子は痛みの走る体から声を絞り出した。


「俺の事か?」作業服の男は落ち着き払って答えた。「俺はピーター・シュワルツェネッガー。『ビッグリグス』の称号を得た、『神徒』が一柱」


「『神徒』……?」


「選ばれた者を『転生』させる為に、トラックをぶつける仕事をしている」


「ちょ……それどういう」


「お前は選ばれたんだよ松ケ谷裕誠。『転生者』に」


 裕誠の言葉を遮って作業服の男が言う。


 その言葉から、裕誠と夏子は全てを察した。


「なるほど……つまりトラックをぶつけて『殺す』事で、異世界にコイツを送ろうってのかよ」


「そうさ」ビッグリグスは頷いた。「ソイツは世界に良い影響ももたらせない、陰キャのオタクだろう?そんな奴が最近増えすぎていて、世界が困ってるんだよ」


「何、だと……」


「そこで、神は俺に『仕事』を頼んだ」


「それが、コイツみたいな陰キャでリアルも充実していないオタクをトラックで異世界に送る……って事か」


「今ディスったよな」


「まさにその通りだよ」ビッグリグスは冷たく言い放った。「そうすれば増えすぎた人口を減らせるし、世界に良い影響をもたらせる者だけが残ってくれる。そして異世界送りになったオタクどもには、チート級の運命を貰って向こうで幸せな一生を送れるというオマケ付き。皆が得するだろう?」


「お前の言いたい事は分かった」夏子が言う。「よくアキバで転生もののアニメの話を聞くが、お前はいつもそうやってオタクをファンタジー世界へ送ってんのか?」


「まあそういう事になるな」


 裕誠の心は揺れ動いていた。


 確かに自分が転生者に選ばれたのは光栄だ。『自分がファンタジー世界に行ける』というのは自分には無い、と思っていた。一生を負け組として生きる、そう思っていた時にこの話。確かに素晴らしいだろう。


 しかし、負け組『だけ』を断りも無く殺していくのは、それも違うのではないか。今の話が本当なら、これまでも沢山の負け組の人間が、勝手に殺されて勝手に異世界に送られた事になる。これでは『負け組になった』のを罪状に流罪にされているだけじゃないか。


 そう考えている裕誠に、夏子が小声で言った。


「裕誠、つったか?」


「ああ」


「合図したら全力で逃げろ」


「え?」


「アタシが槍を出したら、それが合図だ」


「何を話しているんだ?」ビッグリグスが訝しげに問う。「逃げる算段なら」


「違えよ、説得だ」夏子がビッグリグスの言葉を遮った。


「説得?」


「確かにお前のお陰で世界は救えるかもしれねえ。お前がそうやって負け組を異世界送りにしてるお陰で、な」


「それが聞けて嬉しいよ」


 微笑んだビッグリグスの顔は、しかし次の夏子の一言に凍り付いていた。


「だがな、便




 言葉と共に、夏子の足元から炎が舞い上がった。




 その炎が夏子の体を包み込み、魔法少女の装束となって夏子の体に装着される。


 その姿は、裕誠が昨日見た魔法少女そのものだった。




 最後に夏子の目の前に火柱が立ち、彼女の手の中で巨大なジャベリンへと変化した。




 魔法少女の変身が、完了した。

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