1-2

「アタシは魔法少女。お前がトラックに轢かれそうだったから、助けてやったのさ」


 裕誠には言っている意味が分からなかった。否、分かってはいた。しかし心がそれを否定していた。


「次は気ぃつけろよな、それじゃ」


 呆気に取られる裕誠を残し、魔法少女と名乗る少女は非現実的な身のこなしで飛び去って行った。


 後に残ったのは裕誠と、その場の写真を撮る野次馬だけ。


「……ダメダメ、それ以上近づかないで」


 警察の声が聞こえてくる。一人の巡査が、呆然とする裕誠に声をかけた。


「君、大丈夫か?」


「……」


 裕誠はその声にも気付かず、ただ口を開けていた。


「おいっ、大丈夫かって」


 巡査が裕誠の肩を軽く叩く。そこでやっと裕誠は我に返った。


「……はっ、はい」


「……大丈夫そうだな」




「――って話だったんだ」


「ほえー」


 裕誠の隣で不良が口を開ける。


 放課後。今日は「何もする事が無え」と言って不良が屋上で裕誠を待っていた。不良にとっては、親友の身に起きた昨日の出来事の詳細を知る絶好のチャンスだった。


「それからは何の障害も無く帰れたんだけど、終始あの非現実的な事しか頭に無かった」


「マジかよ」


 不良が頭を抱える。


「しっかし、アイツの顔とか覚えてねえの?いつかお前を助けた礼がしたくてよぉ」


「多分、お礼とかどうでもいいタイプの人だと思う」


「いや、きっちり礼はした方が良い。礼を言って貰って機嫌損ねる奴なんてそうそういねえよ」


「そうですよぉ、『助けて貰ったらきちんとお礼をしましょう』って小学校で教えて貰わなかったンですかねぇ」


 それは裕誠の声でも、不良の声でもなかった。


「なっ……」


「お前みたいな奴が美少女に助けて貰ったって時点で幸運だったとも思わんの?」


 ねちねちとした声と共に陽キャグループのリーダーが姿を現した。


「テメエ……ニュースとかで用があったら残念だったな、今俺が取材中でね」


 不良がリーダーを睨む。


「さっすがぁ」リーダーが口笛を吹いた。「でもああいうニュースとか聞きたくなるんよねぇ、なっ」


「そりゃ聞きてえっしょ」「マジパねえ話だし、聞かなきゃ損じゃん?」「流行に乗れねえのってやっぱ恥じいかんな」


 他の陽キャが口々に言う。


「ってな訳だ」リーダーが不良に向き直って言う。「聞くのは一人だけじゃなくてもよくね?」


「……」不良が口をつぐむ。


「そうだ、二人に現場に連れてってもらう、ってのどうだろ」


「さんせーい」「いぎなーし」「りょー」


 同調力の塊たちが口を揃えた。


「決まりよな」リーダーが言った。


「ど、どうすんの……」裕誠が不良に問う。


「い、行くしかねえだろ……」不良は汗を出しながら言った。「そっちのが手っ取り早いしな」




 秋葉原。


「うっわぁ……これはマジで『障害者タウン』って感じだわぁ……」


「黙っとけ」


 街並みを見て呆れ声を出す陽キャリーダーと、それを咎める不良。


「次それ言ったらマジで教えてやらんからな」


「へいへい」


 他の陽キャも、不快感を覚えていたのか笑顔一つ見せていない。


 歩いているうちに、一行は現場に着いた。


「で」陽キャリーダーが口を開く。「どっからその『魔法少女』とやらが出てきたのかな~?」


「っ……」裕誠が口を開く。「目をつぶっていた、から……見てない」


「おいおい、嘘だろぉ」リーダーが顔をしかめる。「どの方向からとか見てねえのかよ」


「うん」


「『うん』じゃねえだろ」


 リーダーが裕誠に手を伸ばす。その手を、不良が止めた。


「離せよ」


「本人が『見てない』ってんだ、否定すんなや」


「何をぅ」


「それともただコイツに手ぇ出す理由が出来たとか言うだけか?」


「お前……」


 リーダーが歯ぎしりする。そのまま仲間の方を振り向き、口を開く。


「お前ら、俺がコイツやるから裕誠をやれ」


 裕誠は思った。ボコされる、と。


 不良は思った。自分だけでは対応しきれない、と。


「りょうかーい」


 陽キャ二人の声が無慈悲に響いた。


 裕誠は目を閉じた。


 二つの衝撃が裕誠を襲う……。




 とはならなかった。


「……おい、お前何なんだよ」


 突如として聞こえた、戸惑う陽キャの声。


「あん?」


 次に聞こえたのは、少女の声だった。


「お前ら、弱えヤツいじめて何が楽しいんだよ」


 裕誠の心が躍った。だがそれは、


 どこかで聞いたような、芯の強い声。裕誠はハッとした。


「喧嘩ってのはな、強いヤツにこそ仕掛けるもんだ」


「んだとコラ」「やろうってか?」


 少女と陽キャ二人の掛け合い。


「しゃあねえな……」少女が頭を掻く。「こっちも急ぎのようがあんだが……やるか」


 裕誠が目を見開いた。


 その時には、既に事は始まっていた。


「ぶべっ!」


 情けない声を上げて、手下の一人が地面に叩きつけられた。


「お前ぇっ!」


 その相方の拳が少女に向く。


「おりゃ!」


 少女はより早く、細枝のような足を相手の頬にクリーンヒットさせた。


「ぶぼほっ!」


 相手がその場に倒れる。それを見た不良と陽キャリーダーが同時に青ざめた。


「おい」少女が陽キャリーダーを向く。「テメエがリーダーだろ」


「ヒッ」リーダーの顔から色が消えた。


「見てたんだよ、全部な!」


 少女がリーダーの腹部を足で薙ぐ。


「ぐふぁあっ」


 リーダーが腹を抱えてうずくまる。


「ケーサツに言ったら、お前らの事もチクるからな」


「お、覚えとけよクソアマぁ……」


 リーダーが腹を抱えたままその場を離れていく。


「俺も……」「待ってくらさいよぉ……」


 他の陽キャたちも情けなく離れていく。


「ぜ、絶対許さないから!」


 リーダーの彼女と思しき女子が吐き捨てる。


「「す、すげえー」」助けられた二人は呆然と口を開けるしかなかった。


 行動を終えた少女が裕誠に向き直る。その髪は赤茶けていて、顔との相乗効果で『彼女』を想起させていた。


「さて、と」少女は裕誠に近づくと、その腕を握った。「お前、ちょっと来い」


 二人の男子高校生はしばらく顔を見合わせ、黙っていた。だが次の瞬間。


「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおい」


「いや、何か勘違いしてねえか?」少女が気だるげに言う。「お前らの片方の事で話がある。不良じゃねえ、眼鏡の陰キャの方だ」


「ままま待ってくれ」裕誠がたじろぐ。「あの事故の事か?あれなら事故だってもう片付いてるだろ」


「そうだぜ」不良が続ける。「裕誠に彼女が出来るってんなら止めねえが、事故関連の事なら――」


」少女がきっぱりと言った。「その話をこれからコイツと二人でする。お前はしばらく離れてろ」


「何でだよ」不良がイラつきを顔に乗せる。


「アタシがコイツに色々話すから、後からコイツに聞きな」少女は裕誠の腕を引っ張った。「行くぞ」


「わ、分かった」裕誠は不良の方を向いた。「多分、この人には事情があると思う」


「どういうこった」


「二人とも連れていけない重大な理由があると思う。またトラックが突っ込んでくるとか」


「?」


「とりあえず、後で話すから、今は従っておいた方がいい」


「わ……分かった」不良は頭を掻き、それから続けた。「まあ俺より強えヤツの話だからな、多分何が起こるか分かってんだろうし」


「それじゃあ行くよ」


 裕誠は少女に引っ張られるままに不良から遠ざかって行った。


「……ったく」不良が溜息を吐いた。「一体全体、最近何がどうなってんだ?まるで映画じゃね……」


 言いかけて、不良は目の前の光景に絶句した。




「おいおい……こんな都市部の真ん中で、トラックの行列たぁ……」


 不良は巨大な鉄の列を見て、開いた口を塞ぐことが出来なくなっていた。


「何かイベントでもあんのか……?」

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