カット3. 屋上

 

 「そこ、気持ちいいか?」


 吹き抜けてくる湿っぽい風と共に、そんな質問が飛んでくる。

 「数メートル離れたくらいじゃ何も変わらないでしょ」

 俺の隣で足を下ろして寛いでいる少女は呟く。

 「お前らこそ、こんなところに居ていいのか? 帰ってもいいんだぞ?」

 足元に見える、校門に向かって歩いている生徒達を一瞥して、少女の言葉を代弁するように俺は返した。

 「私は暇だったからいいよ。どうせ、まこともそうだろうし」

 「おい、俺は別に——」

 「それに、サークルの活動最近やってなかったしね」

 最初に口を開いた男子生徒を信と呼んだ少女は、隣を無視するように言った。

 「にしても久しぶりだな。前集まったのはいつだっけか?」

 「丁度一カ月前でしょ」

 信の隣でぶっきらぼうに言葉を返す少女。名前を真理まりと言った。

 「で、集まった理由はなんなの?」

 「俺に聞かれても分からん」

 俺ことりょうは、隣の少女に視線を移す。

 「凛凪りんなが集めただろ? 理由を教えろよ」

 隣で足を空に仰いでいる彼女の名前は凛凪。

 彼女は靡く髪を抑えながら、

 「…………フラれた」

 風に掻き消されそうな音量で言葉を零した。


 「「「あ~……」」」


 途端、三人の声は一斉に広大な空へと霧散した。

 「だから屋上なのか」

 「そう」

 俺達がいるのは、校舎の屋上。五階建てということもあり、人がゴミのように見える。

 取り敢えず、そろそろ凛凪の心も落ち着いたことだろう。

 びゅうびゅうと舞う風に煽られたところで、

 「で、どんな次第だったんだ?」

 切り込んだ。

 「……言わなきゃだめ?」

 返ってくるのは、いやにか細い声。

 「言わなくてもいいけどさ。一応、自殺風サークルのルールだし」

 「別に笑ったりしねーよ。真理は分かんねーけどな」

 「今まで何回も聞いてあげてるでしょ? だから、大丈夫だよ。私は真摯に聞くから。信は知らないけど」

 信と真理は互いを貶すように言葉を吐いたのち、にらみ合っている。仲の良いことだ。

 柵ごしに二人を一瞥すると、俺は彼女に向き直った。

 「四人集まるのも久しぶりだしな」

 折角全員集合したのだから、と提案する。

 自殺風サークルのルール。

 それ以前に自殺風サークルとは何かという話か。

 簡潔に説明すれば、メンタルが滅茶苦茶弱い奴らが集まったサークルのことだ。

 俺達四人の共通点は全員が豆腐メンタルであること。少し精神的負担が、大きな支障をもたらしてしまう。そこで、そのストレスを緩和するために、雑談を設ける部活を設立したのだ。

 開催日は不定期。誰かが病みそうになったら集合し、心の内を曝け出してもらい、心の安寧を保つ。セルフカウンセリングだな。

 信と真理は言わずもがなかもしれないが、俺と凛凪も幼馴染というやつだ。俺と信、凛凪と真理が友達同士だったことと、互いに精神が弱いことが功を奏して、すぐに仲良くなれたものだ。

 そうそう、ルールについてだが、そんなに律儀なものじゃない。ただ一つ、「素直に話そう」という、まぁ所謂努力目標みたいなものがある。

 嘘を吐くよりかは本音を言ってくれる方が、聞く側としても耳を傾けやすい。そういうことだ。

 そして、今日は久しぶりの招集。今回は凛凪のフラれた話を聞こう、と言うことだ。

ちなみに前回は、信の「深夜のコンビニ近くでカツアゲに会った話」、その前は真理の「クラスメイトから告白されて、断ったらその男子が好きな女子を含むグループからいじめを受けた話」。ついでにその前は、「階段を上っていたら、偶々前を上っていた女子にスカートを覗かれたと難癖をつけらた」という俺の話である。

 どれも些細な話かもしれないが、本人には重い話であり、それについて適当に談話する。そして、自殺風サークル特有の解決方法で問題の解消をする。こういう流れだ。

 解決方法については、凛凪の話を聞いてからでもいいだろう。

 「で、どうだったんだ?」

 回想もここまでにして本題を尋ねる。

 すると、俺の言葉に後押しされるように、

 「えっと、ね」

 彼女は言葉を紡ぎ出した。

 「昨日の放課後の話なんだけどね。私、好きな人に告白したの……」

 「はぇー、これで何回目だ? 凛凪が男子に告白すんの」

 「今回で十八回目。信は黙ってて」

 「……それで、今回は行けるって思って。……でも、無理だったの。『ごめんなさい』って……」

 今にも消えそうな声。

 「そりゃ災難だったな」

 けれど、大した返しが思いつかない。

 毎度のことだが、俺は異性に告白されたことが無いから、いまいち実感が湧かないのだ。故に適当な相槌しか打てない。

 「それから、『気持ち悪いから、もう二度と話しかけないでくれない? 君、手当たり次第に色んな人にコクってるんでしょ? 知ってるから。キモッ』って言われたの……」

 「…………それは……苦労してるな、お前」

 信と真理も深く頷いた。

 今回でフラれた回数が十八回目と言うことは、それ以前に十七回告白したことがあるということであり、そのたびに凛凪はまったく明るくない話を持ってくる。

 『告白したところを撮影されており、ネットに拡散された』とか『その場に居合わせていた彼女にビンタされた』とか。

 毎度毎度、彼女の告白現場はそこそこ事件性がありそうな事態に発展しているのだ。実際、もっとえげつないのもあったのだが、流石に口には出せない。

 凛凪の話を聞いていると、異性に告白なんてしたくなくなるのに、なんで続けられるのか。

 「お前、そこまでして彼氏ほしいのか?」

 割に合わないだろ。

 けれど、

 「そこまでしてでも彼氏が欲しいの」

 彼女ははっきりと言い切る。

 断言されると、こちらとしても止めることは出来ない。それに、一つのことにここまで執着できるのであれば、きっといつかは成功するはずだ。

 「彼氏かー。私は欲しいとは思わないなー」

 「俺も要らないなー」

 が、二人にはあんまり興味の湧かない話らしく、聞く耳を持ってはいるが、気分は上の空らしい。

 「興味ないのか?」

 「そういうんじゃないんだけどねー」

 「興味ないわけじゃないんだけどよ」

 疑問に対して各々答えると、

 「「『信・真理』の世話で忙しいから‼」」

 仲良く声を揃えて言った。そして、次の瞬間には再び睨み合っている。

 そうですかそうですか。仲睦まじいことは良いことですね。

 俺は隣に視線を移す。

 「……羨ましいなぁ」

 メンタルがイカれてしまったのか、二人を羨んでいる彼女。これは末期に違いない。

 早々に解決する必要がある、と足元を見やれば準備は済んでいた。

 俺は立ち上がって二メートルほどの柵を越える。屋上の内側に入った後、凛凪に声を掛けた。

 「ほら、もう準備は終わってんぞ」

 俺の声と同時に、屋上の入り口である扉がガシャンガシャンと音を立て始めた。

 『こらっ‼ またお前らか! 早く出てきなさい‼』

 慈悲も感じられない声音が轟く。怖いったらありゃしない。

 「……じゃあ、行ってくるね」

 扉の向こうから聞こえてくる暴言もあってか、心が落ち着いて冷静さを取り戻せたらしい。

 「行ってらー」

 「怪我しないようにね」

 睨み合っていた二人は、凛凪に向かって手を振った。俺も便乗するように無言で手を振る。

 今日はこれで解散だろう。いや、この後に教師からの説教があるのか。……億劫だな。

 この後のことを考えていると、

 「ねぇ、もし凌に告白したら付き合ってくれる?」

 凛凪はありもしない妄言を言ってくる。

 笑って答える。

 「タイプじゃねーよ」

 と。

 刹那、凛凪は微笑んだ。

 その美しい表情に目を奪われそうになったが、

 「じゃあね——」


 彼女は屋上から落ちた。


 数秒後、下から騒がしい叫び声がわらわらと聞こえてきた。どうやら、問題を解決できたらしい。

 言い忘れていたが、自殺風サークルの問題解決方法は、自殺すること。

 そうすれば、俺達の精神を挫いた相手は自責の念で勝手に寄り付かなくなる。過去には転校した奴もいた。

 俺達四人の共通点は「豆腐メンタル」だと言った。が、実はもう一つある。

 それは、「イカれてる」ことだ。

 どうやら俺達は、命を軽んじているらしい。命を大事にしたい、などと誰も思ったことが無いのだ。

 だから、この学校では自殺サークルのメンバーには関わらない方がいい、などと囁かれている。自殺じゃなくて自殺風だ、と弁明したいところだ。

 命を軽んじていても、別に死にたいわけじゃない。死んでもいいが、それだと残されたメンバーが面倒くさいことになる。だから、死ぬ気はない。

 今落ちた凛凪も、別に死んでいない。飛び降りても死なないマットが置かれたのを確認してから、彼女は飛び降りた。きっと今頃、教師に捕まって生徒指導室行きだろう。

 「じゃっ、俺達も凛凪のところに行くか」

 

 俺達はそう立ち上がり、風が吹き抜ける屋上をあとにした。

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