4.着きました、グリッサンド!

 カンカンは走り続ける。どれだけカノンが手綱を引いて抑えようとしても。

「あ、危ないよ!カンカン!止まってってば~!」

 カノンの必死の声掛けにも応えず、むしろ速度は増していく。

 通りを走る暴走馬車に、行き交う人みなが驚いて避けたり飛んだりと、大騒ぎ。


「ちッ・・・早く・・・グリッサンドに着かないもんか・・・?」

「あれ?どしたの?ジャン。顔色悪いけど。私もう慣れてきたよ?このゆらゆら。」

 舌打ちしながら言うジャンに、ネッケが言った。ネッケは揺れる客車で中腰で立ち上がり、バランスを取って遊んでいる。

「いや、その・・・流石に、ここまで揺れると、酔う・・・」

 ジャンは少し恥ずかしがりながらも言った。

「へ~!意外だなぁ!ジャンの弱点は乗り物酔い、と・・・」

「覚えなくていい!・・・うっ、大声を出させるな・・・」


 ジャンとネッケがやり取りしている横では、ロベルトが丸くなって座っている。

(この姿勢なら、揺れてもそんなに影響はない・・・どうか落ちません様に・・・!)

 と、事故が起きない事を祈りながら。


 カンカンの暴走が2,30分程続いただろうか。今度は急にピタッと立ち止まった。

 その反動でカノンは御者席から落ちそうになり、客車の中の3人は全員転げて隅で頭を打った。

「ど、どしたの、カノン・・・」

 頭を抑えながらネッケがカノンに訊く。

「え、えーっと・・・どうやら、到着したみたいです、グリッサンドに!」

 御者席で冷や汗を袖で拭いながら、カノンが言った。それを聴いて、客車の3人も降りた。


 どうやら馬車が止まったのはグリッサンドの中央口らしく、丁度広場の手前だった。広場の中央には、シルクハットを被ったカイゼル髭の男性の銅像が建っている。

 広場の周りは素朴な造りの店や家々が並んでいる。遠くの方には、畑や牧場もある。小さい町だが、まさしく、牧歌的な町並みだった。


「ここが、グリッサンド・・・」

「ふぅ・・・やっとか。もうすぐで耐えきれなかったところだぞ・・・」

「それはいいんだけどさ、今後もこれか続くかもよ?」

「・・・リストさんに相談するしかないな、それは・・・」

 目的地について、ひと心地ついたらしいジャンに、ネッケが言う。その横でロベルトが何を言うでもなく、ホッとした様な顔で立っていた。


「にしてもカンカン、もっとゆっくり行こうよ!」

 カノンがカンカンに言うが、カンカンはまたくりくりとした目を向けるだけで、応じる様子はない。

「話しかけても無駄だろ。馬が”はい”っつったら、それはそれでホラーだろ。」

 と、カノンの肩に手をポンと置きながら、ジャンが言った。尤もな事である。

「うーん・・・まぁ、それはそうだよね・・・」


 その後、カノンたち第37番隊一行は、町の人に馬車を止めて置く場所を訊き、カンカンをそこに繋いでから、町を回ってみる事にした。

 田舎町だからか、売っている物も特別なものがある訳でもない。

「・・・何か記念に買おうと思ったが、つまらん町だな。」

「もう、そんな事言わない!」

 ジャンの素気ない一言に、またネッケが頬を膨らませた。


「ところで、お仕事は展示会での演奏なんですよね?」

 と、カノンが言った。

「確かそうだったね。・・・あれ?でも、誰の展示会なんだろ。」

「とりあえず、この町の人に訊いてみましょうか。」

 ロベルトが提案した。

「それが一番だが・・・仕事の度にこれでは先が思いやられるな・・・」

 ジャンは頭に手をやりながら言った。これもまた、尤もな事である。


「あの、すみません。」

 カノンが丁度横を通った女性に声を掛ける。

「お、魔楽隊の人かいね。なんだい?」

「今日、お仕事でここに来たんですけど・・・」

「まぁ、魔楽隊の方がお仕事で!こんな田舎町だけど、楽しんでいってねぇ。」

「それが、お仕事の詳しい事を聞きそびれちゃって・・・展示会のお仕事って聞いたんですけど・・・」

「あぁ、展示会ね・・・。」

 展示会、という言葉を聴いた途端、女性の顔が変わった。


「なんかあんのか?その展示会。」

 今度はジャンが訊く。

「なにかある・・・というよりは、”なにもない”ってのが正解かねぇ。」

「なんだそれ。」

「まぁ、本人に訊けばわかる事さね。」

「本人?っていうのは、展示会の主催者の方、ですか?」

「まぁ、そうなるかいね。」

 女性の含みのある一言一言に、一行は首を傾げる。


「と、とりあえず訊いてみますね。ありがとうございます。」

「良いのよ。まぁ、あんまり厄介事に巻き込まれない様に気を付けるんだよ。」

 女性はそう言って去って行った。

「いまいち、パッとしませんね・・・。」

 それを見送ってから、ロベルトが言った。

「厄介事ってのは何の事を言ってるんだろうね。」

 ロベルトの一言にネッケが返す。一行の初めての仕事に、暗雲が立ち込め始めた。

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