3.その名も、”カンカン”!

「さて、みんな自己紹介は終わったね?」

 リストが立ち上がったままそう言った。

「そしたら、みんなが担当する楽器を決めよう。それが決まったら、早速魔楽隊としてのお仕事だ。」

「もうわたしたちにお仕事が!?」

 リストの一言にカノンが驚いた。

「そうだよ。学ぶより慣れろ、ってね。」


「俺は管楽器なら何でも。」

「あ、私も管楽器なんだよー。しかも、私はトランペット専門!」

 ジャンが淡泊に言う横でネッケがニコニコと大声で言いきった。

「被っちまったじゃねぇか。じゃあ・・・俺はトロンボーンかファゴットか・・・そのあたりか。お前らはどうなんだ?」

 と、ジャンが少し考えてから、カノンとロベルトの方を見る。


「あ、僕は打楽器で!スネアドラムとか!」

「あ、え、えっと、わたしは鍵盤の・・・とりわけ、ピアノが得意です!」

 ロベルトの次に、カノンが答えた。

「偏ってるな・・・ロベルトだっけか。」

「あ、はい!なんでしょう!」

「今はまだ打楽器しか無理かもしれないが・・・成長したら他の物も触ってみろ。」

「あ、はい・・・!」

 ジャンは始終淡泊に言った。ロベルトも少々委縮しているようだった。


「それと・・・」

 ジャンはまだ続けて言う。それに対し、ネッケが横から口出しする。

「もう!ジャンってば冷たすぎ!もうちょっと明るくやってもいいじゃん!」

「その事に関して言おうとしたんだ・・・お前は逆におとなしくなれ。」

「ならないもーん。これが私の取柄だし!」

「ったく・・・こいつはこんな調子だが、ロベルトにカノンも、俺に対しては別に敬語じゃなくてもいい。別に、上司って訳でもねぇんだから。」

「あ、はい・・・あ、うん!」

 少しだけ垣間見えたジャンの意外な一面に、カノンは少し戸惑いながらも答えた。


「・・・ん~、これで編成は大体決まったかな。楽器に関しては、仕事先で支給される物を使う場合もある。特にカノンの様に、ピアノ・・・大きくて持ち運びのできない楽器を扱う際はね。」

 編成決めが終わったのを見て、リストが話し始める。

「ネッケに関しては、自分のトランペットを使用する許可を出してある。」

「イェイ!私の、小さい頃からの愛用品だからね!」

 と、横でネッケがブイサインをしてみせた。


「さて、編成が決まった所でお仕事の話をしようか。」

 リストが続けて話す。

「最初のお仕事は、郊外にある町、”グリッサンド”に向かい、展示会での音楽演奏を頼むよ。詳しい事は現地に着けばわかるだろう。」

「展示会、ですか?」

 カノンが首を傾げる。


「そ、展示会。グリッサンドには、いわゆる発明家ってのが居てね。その発明家の人が展示会を開くんだ。その盛り上げ役、って感じかな。・・・多分、すんなりとはいかないけど。」

「あの、最後なんか言いました・・・?」

「い、いや、なんでもないよ。ハハ。ハハハー。」

 説明の最後に何やら不穏な一言を小さく呟く様に添えたリストが、棒読みで笑いながら誤魔化した。


「と、とにかく、みんな外に出ようか!みんなの為のスペースも確保してるし、何より紹介したい子が居てね!」

「紹介・・・?なんだ、ウチにもうひとり入るのか?」

 ジャンが訊ねると、リストは笑顔で答えた。

「さあ、それはどうかな?」

「ったく・・・大人の考える事はよくわかんねーよ、俺には。」

 リストは笑顔のまま執務室を出る。ジャンは渋々であったが、皆その後について行った。


 しばらく歩いて、魔法音楽院の正門前に着いた。そこには何台もの馬車と、それに繋がれた何頭もの馬が待機してあった。それを見てジャンは、どうやらリストの笑顔の意味を察したようだった。

「あの、この馬車たちって、もしかして・・・」

 カノンが訊ねると、リストがまた笑顔で答えた。

「そう!みんなのもうひとりの仲間!これから長く苦楽を共にする、我々魔法音楽院が手配した馬車、それを引いてくれる馬さ!」

「ちっ、期待させといてこれかよ・・・」

「もう!そんな事言わない!」

 冷たく言い放つジャンの横で、ネッケが頬を膨らませた。


「で。魔楽隊第37番隊の馬車は・・・あった、ここだ!」

 リストが立ち止まる。そこには、帆布で作られた屋根が付いた簡素な客車と、その先に馬が一頭、ハミを噛み手綱をブランとさせて立っていた。

「おぉ・・・この子がわたしたちの、もうひとりの仲間・・・」

「そ。ちなみにちゃんと説明しておくとね、我々魔楽隊の旅は長く厳しいものになるから、それを当然引っ張ってくれる馬も、頑健で丈夫な子じゃないとダメでね。だから、皇国認定の牧場で生産された子を使ってるんだな。」

「なるほど・・・」

 カノンが馬を眺める。眺められている方は特に何もリアクションは無い。


「おとなしいんですね・・・」

「あぁ、そうそう。その子の気性は他の子よりおとなしめでね。紹介しておこう。この子の名前は”カンカン”。名門の牧場、”オッフェンバック牧場”で生産された子だ。だから・・・フルネームは、”カンカン・オッフェンバック”ってとこかな。」

「へぇ・・・よろしくね、カンカン!」

 声を掛けても反応は無い。ただつぶらな瞳をカノンに向けるだけだった。


「ところで、手綱は誰が握るんだ?」

「ん?どゆこと?」

 ジャンの問いにネッケが首を傾げる。

「馬車には御者ぎょしゃが必要だろ。」

「ぎょしゃ?」

「まったく・・・馬が暴れたりしないよう、手綱をもってある程度操縦する奴の事だ。」

「あぁ!私今まで運転手さんって呼んでた!」

 ネッケの一言に、ジャンも呆れ果てた様だった。


「あぁ、それなんだけどね、みんなの内の誰かが担当する事になってるよ。」

 と、リストはジャンに言った。

「俺たちが手綱を握るのか?」

「そ。その方が旅を共にする仲間の気持ちもわかるってもんでしょ?」

 リストの一言に、ジャンはため息をついた。


 そのやりとりを聴いていたのか、カノンが言った。

「じゃあ、最初はわたしがやりますね、御者!」

「おお!ありがとうねカノンちゃん!」

「カノンでいいですよ、ネッケさん。」

「じゃあ、私の事もネッケって呼び捨てで大丈夫だから!」

 ネッケとカノンが握手する。

「・・・大人の考えてる事もわかんねーし、女の考えてる事もわかんねーよ。」

 その横で、ジャンが小さな声で呟いた。


「では、隣町のグリッサンドまで・・・」

 カノンが早速御者の席に座って手綱を持ち、引いてみた。

 すると慌てて、リストが言った。

「あ、ちょっと待った!カンカンは今でこそ大人しいけど、歩き始めると・・・」

 言い終わるまでに、カンカンは手綱の動きに応えて見せた。いきなり猛スピードで走り始めたのだ。


「なんだなんだ!」

「おお!揺れるねぇ!」

「わっうわぁっ!」

 カンカンの走りで揺れる客車からは、カノン以外の3人の声が飛び交っている。しかし、一番声をあげて慌てていたのは、カノンであった。

「ま、待った!ストップストーップ!」

 必死に手綱を引くも、カンカンは止まるしぐさを見せない。

 そしてそのまま馬車は正門をあとにし、遠くへと走り去って行った。


 その様子を見送った・・・と言うよりは、見送るしかなかったリストが言う。

「あちゃー。先に伝えるべきだったかなぁ。あの子、普段は大人しいんだけど、一度手綱を引っ張られると途端に性格が変わった様に猛烈に走り出す、って牧場から言われてたんだよなぁ。・・・まぁ、あの子たちなら、どうにかしてくれるかな!」

 見送り終わったリストが、正門から執務室へと帰る。

「さて、仕事の報告を待ちながら、ケーキでも食べますかねっと~。」

 と、独り言を呟きながら。

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