2.これからよろしくお願いします!

 案内状に書かれていた魔法音楽院特別執務室第2号に着いたカノン。扉の前でもうきうきが止まらないのか、浮足立っている。

 ”ふぅ・・・”と一息ついてから、カノンが執務室のドアを叩く。


「す、すいませーん!新しく魔楽隊第37番隊に所属になったカノンです!」

 カノンが大きめの声でそう言ったが、しばらくしても返事は返ってこなかった。

「・・・ん~?どうしようかな・・・」

 戸惑うカノンは周りを見回してみる。他の新入生が居るのが見えるが、その誰もがこの執務室とは、乃至第37番隊とは関係が無さそうだった。


「・・・えーっと・・・・・・」

 カノンは小さくそう言いながらドアノブを捻ってみる。鍵は開いているようだった。

「あ、あの~・・・入りますよ~・・・?」

 おそるおそる、ドアを開けて中へと入る。照明はついておらず、窓から差す日の光だけが、豪奢な部屋を照らしていた。


「あの~・・・どなたかいらっしゃいませんかぁ~・・・?」

 パッと見た感じ、誰も居ないのだが、カノンが一応の確認で小さくそう言ってみた。その言葉に反応する者は、誰も居ない。

 戸惑ったカノンは、とりあえず、緑色のシートのソファの端に座って待つ事にした。


 一応閉めておいたドアの向こうからは、他の新入生たちがキャッキャと騒いだり、どの楽器を担当するかなどの話し合いをしているのが聴こえてくる。

「・・・わたしも、ちゃんと言わなきゃな・・・」

 普段引っ込み思案でドジなカノンは、正直顔合わせをしても上手く話せる自信が無かった。だが、やらねばならなくなる時は、必ず来る。ソファに座りながら、カノンは静かに腹をくくった。

 その折である。


「あ、あのー・・・」

 と、さきほどのカノンの様に、小さく声を掛けながら入ってくる者が居た。

「わ、わ!はい!あ、でもわたしは!」

 慌ててしまったカノンはしどろもどろになって、つい変な風に口走る。

「あ、えっと!あの!ごめんなさい!」

 それを見た、入ってきた男の子がびっくりして同じく慌てたのか、なぜか謝った。


「え、えーっと・・・」

「あ!えっと、あの!新入生の方、ですか?」

 男の子が訊く。

「そ、そうです!・・・じゃあ、君も?」

「よかった!一緒の人が居たんだ・・・!」

 カノンが訊き返したのを聴いて、男の子はほっと胸を撫でおろした。

「あ、あの!よかったらこっちに・・・」

 と、カノンが自分の隣を指さす。

「あ、はい!一緒に待ちましょうか!」

 男の子は明るい笑顔でそう返した。


「・・・えっと、あのー・・・」

 カノンがまず何をどう訊いたら良いのかわからないのだろうか、言い淀んでいると、男の子の方が言った。

「あ、えっと、僕、ロベルトって言います!”ロベルト・トロイメライ”!」

「ろ、ロベルト君!あ、わたしはカノン!カノン・パッヘルベル!」

「へぇ、カノンかぁ・・・可愛い名前だね!」

 ロベルトは満面の笑みで返した。


「あ、ありがとう・・・ところで、なんだけど・・・」

 カノンが小さな声で訊く。

「どうしたの?」

「えっと・・・いくつ?」

「・・・あぁ!もしかして、歳の事?」

 ロベルトは首を傾げた。彼は明らかに、カノンよりも20センチ程小さく、顔もまだ”若い”と言うよりは”幼い”といった風な感じだった。

「そ、そうそう!あ、ちなみにわたしは16歳!」

「じゃあやっぱりお姉さんなんだね!僕、11歳!」

「えっ!」

 ロベルトの返答に、カノンが露骨に驚いた。


「11歳で、魔楽隊に・・・?」

「うん、なんというか・・・お父さんとお母さんに勧められてさ。でも僕、魔法は得意だけど楽器は苦手で・・・でも、なんでかわかんないけど、合格したんだよねぇ。なんでなんだろ。」

「へぇ・・・じゃあ、魔法の才能で入った、って感じなのかな。」

「んー、そうかも知れないね。」

 カノンの応答に、ロベルトは無邪気に返す。そんなやり取りをしていると、いきなりドアが”ターンッ!”と音を立てて開いた。


「わっ!」「うわっ!」

 ドアを開けて入ってきた、群青色のベスト・・・魔楽隊の職員の制服を着た男性が、いきなりの事で驚いたカノンとロベルトのふたりを見て言った。

「おや、ごめんね。また遅刻しちゃったみたいだね。」

 その男性の後ろには、新入生らしい人物がふたり居た。


「いやはや、道中で出会ったものでね、会話がはずんじゃったんだな、これが。」

「は、はぁ。」

 カノンが相槌を打つ。すると、男性の後ろに居た新入生らしいふたりの内の女の子の方が、カノンとロベルトの方へ駆け寄ってきた。

「おぉ!これが話に聴いた残りふたりのメンバー!ん~・・・いいじゃんいいじゃん!私、ドキドキしてきたな!」

「え、え~っと・・・」

 カノンがどう返すか戸惑っていると、女の子は声高らかに話し始めた。


「あぁ、ごめんごめん!自己紹介が遅れちゃったね!私、”ネッケ・クシコス”っていうの!特技はいっぱい息を止められる事と、すっごい速く走る事!よろしく!」

「ね、ネッケさん・・・ですか!よ、よろしくお願いします・・・」

「で?で??貴女はなんて名前なの?」

 ネッケは身を乗り出して訊いてきた。

「あ、えっと、カノン・パッヘルベルです・・・」

「カノンちゃんね!君は?」

「あ、僕はロベルト・トロイメライです・・・」

「ロベルト君!よし!覚えた!これで皆で仲良くできるね!」

「そ、そうです・・・ね?」

 ネッケの少し強引な一言に、カノンが首を傾げつつそう言った。


「ほらほら、しずかにクール気取ってないで、君も挨拶しなよ!」

 と、ネッケがもう一人の新入生の青年男子の背中を叩いた。

「うるさいなぁ。別にそういう訳じゃねぇよ。自己紹介くらい静かにしたいだけだ。」

 ネッケの熱気を鬱陶しがりながら、その青年男子は自己紹介を始めた。

「俺は”ジャン・フィンランディア”。呼び方は好きな様に呼んでくれ。」

「あ、えっと、わたしは・・・」

「カノン・パッヘルベルだろ?さっき聴いたよ。」

「あ、はい・・・」

 面倒くさそうに返すジャンの言葉に、カノンがしゅんとする。


「さて、自己紹介は終わったかな?みんな。」

 件の職員の男性が、奥の専用のデスクのイスに座った。

「まぁ、あらかたは終わっただろ。もっとも、一番大事なヤツが自己紹介してないけどな。」

 ジャンがそう言うと、職員の男性は少し考えて、気づいたようだった。

「あぁ、そういえば、ぼくの自己紹介がまだだったね。では、改めて・・・」

 男は立ち上がって、キリッと姿勢を直してから、自己紹介を始めた。


「ぼくは”リスト・ラ・カンパネラ”。魔楽隊の管理をする職員のひとりで、今日から君たち”魔楽隊第37番隊”の直属の上司兼教師となった。以後、よろしくね。」

「よ、よろしくお願いします!」

 リストの自己紹介に、カノンは慌てて立ち上がって一礼した。

 それを見て、リストは言う。

「まぁまぁ、そんなに固くならなくてもいいよ。これから長い付き合いになるんだ。もっと気楽にいこうじゃないか。なぁ、ジャン君。」

「嫌味かよ・・・。」

 話を振られたジャンが小さな声で呟いた。


(ロベルト君、ネッケさんに、ジャンさん。そして、リストさん。・・・あと、わたし。・・・この5人が、魔楽隊第37番隊・・・わたしが夢にまで見た光景・・・!)

 カノンはこみ上げる感情を抑えきれなかったのだろう、次の瞬間、気づけば本能的に、大きな声でこう言っていた。

「これから、よろしくお願いします!」

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