1.”魔楽隊第37番隊”

 ”ゴーン、ゴーン・・・ゴーン、ゴーン・・・”

 と、皇国立魔法音楽院の象徴とも言える、大きな鐘が鳴る。


「これより、第1836回、トーン皇国立魔法音楽院の入学式、および、トーン皇国直轄魔法音楽院所属部隊、魔法音楽隊の入隊式を始めます。」

 物静かそうな、痩躯の男性の一言ののち、列を成した新入生たちの拍手の波が起こる。


「ではまず、現トーン皇国立魔法音楽院学院長、”レオポルト・セバスティアン”による、新入生への言葉から。では、レオポルト氏、どうぞ・・・」

 男が壇上から退き、自分の立っていた場所を手で指す。そこへ、立派で綺麗な、白い髭と髪の老男性が立つ。恰幅もよく、着ている赤いガウンも相まって、その雰囲気はまさに、学院を背負う者のそれであった。


「うおっほん。まずは皆に、私から拍手を送ろう。ここに居る皆は、試験に合格し、見事優秀と言うべき結果を残した。実に、見事である。」

 レオポルトはそう言ってから拍手をした。それに続いて、舞台のわきに控える魔法音楽院の職員たちも、拍手する。


「・・・だが、それだけで終わりではないというのは、皆の知るところである。」

 拍手ののち、レオポルトは真剣な表情でそう言った。


「ここへ立つという事は、トーン皇国の魔法、そして音楽の未来を背負い、日々学び、研鑽を積み、次代を担う、偉大なる魔法と音楽の使い手となる事を決意したという事である。その決意は、あるいは覚悟に変わるであろう。自らが選んだこの道が、どれほど険しく、長いものであるか、その道を往く覚悟に。」

 レオポルトの言葉には、文字通り重みがあった。これを聴いた新入生たちの中には、プレッシャーで押しつぶされそうな顔を浮かべる者も居た。


「しかし、これだけは覚えておいてほしい。皆の歩むその道には必ず、数々の発見、そして大きな希望が存在する。それらは皆の背を力強く押してくれる。必ずしも、茨の道という訳では無いのだ。」

 そう言ってからレオポルトは、掛けていた金色に鈍く光る小さなパンスネを人差し指で掛け直し、続けて言った。

「皆の歩むその道。皆のその一歩一歩に、大いなる祝福があらんことを!」


 その一言と共に、再び大きな鐘が鳴る。新入生たちの新たな門出を祝福するかのように。

 レオポルトのその一言ののち、新入生たち、そして職員たちも拍手を送る。新入生の中には、あまりの感動に涙を流す者も居た。


 レオポルトはスピーチを終え、再び痩躯の男が壇上に立つ。

「えー、続きまして、現魔法音楽院所属部隊、魔法音楽隊総長兼、魔法音楽院教頭である”ディー・フロイデ・フォン・ベートホーフェン”による、魔法音楽隊新入隊員への言葉に移らせていただきます。では、フロイデ氏、よろしくお願いします・・・」

 男がまた別の職員を誘導する。今度は気品に溢れ、一目見ただけで高潔であるとわかる長身痩躯の男性が立った。その立ち姿からは、表現できないほどの威風が放たれている。


「・・・まず一言。レオポルト氏と同じく、私からも君らに賛辞を贈ろう。君らが今、この場所へ立っているのは紛れもなく君らの実力、その裏打ちである。・・・しかし。」

 フロイデはレオポルトとは違い、始終眉間にシワを寄せ、まるで唸る猛獣の様な低い声で話す。


「君らの成すべき事はそれのみではない。・・・これもレオポルト氏の言うところと同様のものである。が、魔法音楽隊に籍を置く事は決して遊びなどでは無い。今だからこそ、私の口から、声を大きくして宣言させてもらう。」

 フロイデの一言一言に、新入生全員が緊張と気圧けおで小さく震える。


「前年度・・・第1835回の入学式および入隊式で、君らと同様にここへ立ち、その後、魔法音楽隊として活動した者の中に、死傷者が出ている。それも、ただの死傷者では無い。戦争、紛争。その類に巻き込まれた、あるいはその類に関わらなければいけなかった者たちである。・・・即ち、今この場所に立つ君らも、同じ末路を辿る事になる者も居るだろう。」

 フロイデのその宣言は、新入生を真に真剣にさせた。


「今、我が国内に於いても紛争は存在する。外国のそれらなど、我が国のそれなぞ比較にならないものだ。それでも、それでもなお、君らには立派に生き抜いてほしい。たとえ、戦地に身を置く事になろうとも、だ。君らの先達は戦地に身を置いてもなお、魔法で応戦し、声を高らかに歌い、気高く散った。その気高さを、君らには覚えておいてもらいたい。その気高さこそが、我らトーン皇国直轄魔法音楽院所属部隊、魔法音楽隊の本懐なのだから。・・・私からは、以上である。」

 フロイデはそう言い終えて、壇上を降りた。不思議と、拍手は起きなかった。それは、新入生にとっての恐怖だったのか、それとも覚悟だったのかは、様々である。


「えー・・・それでは最後に、皆さんが皇国立魔法音楽院および、魔法音楽隊に所属するにあたって、第1835回度生徒を代表して、”エドヴァルド・ペールギュント”に皆さんにお話をさせていただきます。エドヴァルド君、こちらに。」

 次に誘導されて現れたのは、魔法音楽隊の青い制服を着た青年男子だった。


「あー・・・聞こえてるよな?これ。えー・・・まぁ、フロイデ先生はあぁ言ったけど、まぁ、基本は学生生活と仕事をちゃんと両立させろって事で・・・あぁ、めんどくせーや、もう!いいか!お前らはフツーとは違う人生を味わえるんだ!それを楽しめ!以上!」

 エドヴァルドは結局そう叫んでさっさと壇上を降りた。大きく拍手する者も居れば、”?”と首を傾げる者も居る。


「・・・えー・・・・・・なんと言いますかまぁ、例年通りとはいかない式でしたが・・・これにて、第1836回、トーン皇国立魔法音楽院の入学式、および、トーン皇国直轄魔法音楽院所属部隊、魔法音楽隊の入隊式を終了致します。なお、この後については、前日皆さんへ宛てた案内状に沿って、各々行動する様に。」

 なんとも歯切れの悪い締め方になったが、入学式と入隊式が終わったのだと察した新入生たちは、しばらく拍手したのち、各々持参してきた案内状を見ながら、行動を開始した。


 式を後ろの列で立って聴いていたカノンは、えも言えない喜びと期待で震えていた。

(そう、ここからが今日の本番・・・!わたしの所属する魔楽隊と、そのメンバーたちとの顔合わせ!それに、わたしたちに指示を出してくれる上司の人とも!あぁ・・・!新鮮・・・!)

 そう考えながら、カノンは案内状を開いて中を見てみた。そこには、

 ”カノン・パッヘルベル:魔法音楽隊第37番隊”

 と書かれていた。

(37番・・・!)

 カノンのドキドキは、最高潮に達していた。浮かれ気味のカノンは、案内状の下の方に書かれていた集合場所、”魔法音楽院特別執務室第2号”に、浮いた足取りで向かった。

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