第168話:スタンピードのその後④

「……お兄ちゃん」


 鏡花がいる場所は、彼女が入院していた病院、そこにある病室の一つ。

 竜胆は病室のベッドで横になっており、今もまだ目を覚ましていない。

 鏡花はその間、食事の時と眠るとき以外は、竜胆の手を握り彼が目覚めるのを待ち続けている。


「鏡花さんも休まないと、倒れてしまいますよ」


 病室にはもう一人の人物がいる。

 鏡花の担当医だった綾瀬環奈だ。

 今回は環奈が竜胆の担当医になっているのだが、彼女は現在、医師として悔しい現状を目の当たりにしている。


「……ごめんなさいね、鏡花さん。あなたの時も、竜胆さんの時も、私は無力だわ」


 鏡花を診ていた時も、環奈は彼女の容態がなかなか良くならないことに歯噛みしていた。

 それは医師としての力もそうだが、自分のスキルである光魔法でも治せなかったことが悔しかったからだ。

 そして今回、竜胆が運び込まれた時には今度こそという思いがあったものの、結果は目の前の通りで、彼はいまだに目を覚まさない。

 だからこそ、竜胆を見守っている鏡花の体調管理にだけは気を使い続けていた。


「先生のせいじゃないよ。私が……私が、弱かったから!」


 そして鏡花は、自分が竜胆と共に戦えなかったことが悔しくてたまらなかった。

 最後だけは手助けをすることもできたものの、ただそれだけだ。納得のいく手助けができたかと言われれば、そんなことはないと鏡花は思っている。

 プレイヤーに覚醒した時には竜胆の助けになると考えていたが、今回は足を引っ張ってしまったと、心の底から落ち込んでいた。


「……今度は絶対に、お兄ちゃんを助ける。助けられるくらいに強くなるから……お兄ちゃん、目を覚ましてよ……」


 七日間もの間で意識を失っている竜胆の手を握りながら、鏡花はついに涙を流してしまう。

 鏡花の涙が頬を伝い、竜胆の頬にポトリと落ちる。

 竜胆が意識を失ったことが、自分のせいだと思い込んでしまい、心が壊れ始めようとしていた。


「……泣くな、鏡花」

「え?」


 すると突然、早く聞きたいと思っていた、大好きな声が耳に届いた。

 顔を上げ、目を見開き、声の主の顔を見る。


「……おにい、ちゃん?」


 そこには頬を鏡花の涙で濡らし、目を開いた竜胆の顔が映し出された。


「なんだ、鏡花?」

「……おに、いちゃん! お兄ちゃん! うわああああっ!!」

「目を覚ましたんですね、竜胆さん!」


 鏡花の声を聞いた環奈が慌ててベッドの横に移動し、竜胆の脈を図りだす。


「ご迷惑をお掛けしました、先生」

「私は構わないわ。むしろ、何もできなかったもの。それにしても……竜胆さん、おかしなところとかはないかしら?」

「そうだよ! 大丈夫なの、お兄ちゃん!」


 環奈の問い掛けに鏡花も同調し声を上げた。


「不思議なことに、お腹が空いている以外は大丈夫そうなんですよね」


 竜胆がそう笑いながら口にすると、体を起こしてから鏡花の頭を優しく撫でた。


「……本当に、大丈夫なの?」

「あぁ、問題ない。だからってわけじゃないけど……俺が意識を失った後、どうなったんだ?」


 つぎはぎのドラゴンがどうなったのか、竜胆は知らない。何せ金色の光を出してからすぐに意識を失ってしまったからだ。


「今はそんなことを言っている場合じゃありません! すぐに精密検査をしましょう!」

「そうだよお兄ちゃん!」

「えぇ!? せ、せめて倒せたのかどうかだけ――」

「倒せたからここにいるんでしょう!」

「……あ、はい。すみませんでした」


 鏡花と環奈の勢いに押された竜胆は、そのまま精密検査へ移動させられた。


(……よかった。他のみんなは無事なんだろうか? でも、鏡花がここにいて、何も言わないってことは、きっと大丈夫だったんだろうな)


 そんなことを考えながら、竜胆はベッドに横になりながら移動させられたのだった。

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