第167話:スタンピードのその後③

(……スタンピードの時、私はもっと上手く立ち回れたんじゃないの?)


 彩音は一人、協会ビルの地下にあるトレーニングルームでそんなことを考えていた。


(私は今まで、仲間を死なすことなく現場を乗り越えてきた。そのことに強い自信も抱いていた。今回だって結果だけを見れば同じような結果になっている。だけど……)


 そこで思考を切ると、彩音の頭の中には気を失ってしまった竜胆の顔が浮かんできた。

 死亡者は出ていない。しかし、竜胆は今もなお意識を失ったままになっている。


(あの場を竜胆さんたちに任せたのが正解だったの? 私も残ってドラゴンの相手をするべきだったんじゃないの?)


 スタンピードの後から七日間、彩音はずっと同じことを考えている。

 もっとやれることがあったのではないか? 考えるべきだったのではないか? 自分から発言するべきだったのではないか?

 終わったことを考えても意味がないことくらい、彩音にも分かっている。

 それでも考えてしまうのは、自分のふがいなさが腹立たしいからだ。


(スキルが強化されて油断していた? 調子に乗っていたの? ……考えが甘すぎるわよ! 風切彩音!)


 木剣を握る手に力がこもり、柄がバキッと音を立てる。


「あ……はぁ。ダメね、こんなんじゃあ。竜胆さんが目を覚ましたら、笑われちゃうわ」


 小さく息を吐きながらそう口にすると、彩音は柄が砕けた木剣をゴミ箱へ入れた。


「柳瀬さん! モンスターの難易度を最高に設定してください!」

『えぇ!? 風切様、それはさすがに危険ですよ!』

「大丈夫だから、私を信じてちょうだい!」


 管理室には青葉もおり、彩音のトレーニングに付き合っていた。

 人形によるモンスターの最高設定は、Aランクモンスターに相当する。

 しかし、彩音からするとそれでもまだまだ足りないと感じていた。


(鏡花ちゃんや影星さんと一緒に対応したモンスターは、Aランクモンスターだったけど、その中でも上位であり、群れで行動していたわ。たった一匹を相手にするなんて簡単すぎる……)


 そこまで考えた彩音は、ハッとした表情でさらに言葉をつづける。


「人形をあと二体! いいえ、三体追加してちょうだい!」

『えぇぇ!? そ、それはほんっっとうにダメですって、風切様!!』


 協会職員としての言葉遣いも忘れ、青葉は必死になって彩音を止めようとした。


「これくらい一人で乗り越えられなきゃ、私はこれ以上の強くなれない。お願い、柳瀬さん!」


 管理室の画面には、彩音の真剣な表情がアップで映し出されている。

 そんな彩音の表情を見て、青葉はこれ以上の否定の言葉を口にすることはできなかった。


『……もう! 分かりましたよ! だけど、危険だと判断したらすぐに設定を解除しますからね!』

「それでいいよ。ありがとう、柳瀬さん」


 彩音がお礼を口にすると同時に、トレーニングルームの中央にある床が開き、三体の人形がせり上がってきた。

 そして、合計四体の人形がAランクモンスターに姿を変えると、彩音はスキルを発動させる。


「私だってまだまだやれるんだ! 竜胆さんにも、矢田先輩にも、影星さんや猪狩先輩にだって、負けたくないんだからね!」


 そして、自らAランクモンスターめがけて突っ込んでいった。

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