第166話:スタンピードのその後②

「……すー……はー……すー……はー……」


 とある病室の前で深呼吸を繰り返しているのは、恭介だ。

 彼は自分のせいで傷ついてしまった相手に謝罪をするためにここまで来たのだが、病室に入る勇気がなかなか出ず、何度も深呼吸を繰り返していた。


「……よし、今度こそ! ……いや、待て。すー……はー……すー……」

「何してんだ、おめぇは?」

「どわあっ!?」


 そんな恭介の背後から聞き覚えのある声がして、彼は驚きの声を上げた。


「……く、国親?」

「そりゃそうだろうが。ここは俺様の病室なんだからな」

「……はは、それは、そうだね」


 恭介が訪れていた病室は、国親が入院している病室だった。

 国親は左腕を失い、病院へと運ばれていた。

 竜胆が放った金色の光によって出血は止まっていたが、腕の再生までは至っていなかったのだ。


「そんで、どうした? なんか深呼吸を繰り返していたみたいだが?」

「なっ! ……ちょっと、国親! いったいどこから見ていたんだい!?」

「病室の前に来てからずっと見ていたが?」


 国親がニヤニヤしながらそう口にすると、恭介は恥ずかしそうに顔を真っ赤にした。


「……君に、謝りたくて来たんだ」

「謝るだ? ……とにかく中に入れ」

「……あぁ」


 すると、恭介が真面目な顔で謝りたいと口にしたことで、国親もいじるのをやめて中へ促した。


「……んで? 何か謝るようなことでもしたのか?」

「その腕だよ、国親?」

「あぁん?」


 即答で恭介が答えたことで、国親は失ってしまった左腕へ視線を向けた。


「僕がもっとしっかりしていれば、油断していなければ、国親が左腕を失うことはなかったんだ。君は間違いなくこれからプレイヤーで上を目指せるはずだった、それなのに、僕は!」

「黙れ、くそカス」

「いたっ!?」


 恭介の言葉は、真剣に国親のことを考えての発言だった。

 しかし国親は白けた表情を浮かべると、恭介にデコピンを見舞った。


「……な、何をするんだ、国親!」

「お前はバカか?」

「なっ!?」

「俺がいつ上を目指さないなんて言ったよ? あぁん?」

「……え?」


 国親の発言を受けて、恭介は言葉を失ってしまう。


「俺には雷神重鎧がある。左腕がなくても、プレイヤー活動に支障はねぇんだよ。むしろ、意表を突けるから今の方がいいんじゃねぇか?」

「……国親、お前」

「ってか、なんでてめぇが気に病んでんだ? てめぇのせいで俺が腕を失ったと勘違いしてんのか?」

「か、勘違いじゃない――」

「俺は俺が正しいと思った行動をしただけだ! てめぇのせいで腕を失った? 自意識過剰なんだよ!」


 国親があまりにも怒声を響かせるため、恭介はただ彼を見つめることしかできない。


「てめぇはてめぇのことだけを考えておけってんだ! あいつもまだ目を覚ましてねぇんだろ? なら、てめぇができることをやれってんだよ!」


 竜胆は意識を失っており、国親も入院中だ。

 いくらプレイヤーとして活動できると言っても、拳児の指示で退院はいまだ許可されていない。

 現状、自由に動ける恭介がこの場にいることに、国親は怒りを覚えていたのだ。


「お前の腕はなんのためにある! 剣を振るうためにあるんだろうが! それなら、俺や竜胆の代わりに動け! いいな!」

「……分かった」

「あぁん? 聞こえねぇなあ!」

「分かったよ! 全く、お前って奴は!」


 恭介の性格を理解している国親だからこそ、彼に対して怒りの声を上げることができたのだろう。

 そして、焚きつけられた恭介もため息交じりではあるが、やる気になっている。


「これ以上のお見舞いはないからな!」

「その代わり、俺様よりもランクを上げておけよ?」

「当り前さ。……ありがとう、国親」


 最後に恭介はそう告げると、そのまま病室をあとにした。


「……ったく、世話の焼ける奴だ。あとは、竜胆が目覚めてくれればなんだがな」


 小さく息を吐きながら、国親は何をするでもなく、病室のベッドへ横になった。

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