第139話:全力と全力

「あれ? お兄ちゃん、どうしたの?」


 竜胆が姿を見せたことで、鏡花を嬉しそうにしながらも困惑の声をあげた。


「支部長から言われてな。俺が相手をしろだとさ」

「……ええええっ!! お、お兄ちゃんと戦うの!?」


 まさか竜胆と戦うとは思っていなかった鏡花が驚きの声をあげると、スピーカーから拳児の声が聞こえてくる。


『すまんな、お嬢さん。だが、ここの人形では君の本当の実力を見ることができなさそうでな。お兄さんに協力してもらうことにした』

「お兄さんって……」


 どうにも聞き慣れない言葉に苦笑いを浮かべていると、鏡花は表情を引き締め直してから口を開く。


「……分かりました! お兄ちゃん、全力でいくからね!」


 先ほどまでの鏡花の戦いを見ていた竜胆としては、全力では来てほしくないというのは本音である。

 しかし、ずっと病院のベッドの上にいた鏡花が全力で何かに取り組めていること自体が嬉しく、竜胆も彼女の全力を受け止めるつもりでいた。


「分かった。それじゃあ俺も、全力でやらせてもらうよ」


 だからこそ、竜胆も全力を尽くすつもりでいた。

 というか、そうしなければ鏡花の全力を受け止められないと考えていたのだ。


『それでは合図はこちらからだそう。準備をしてくれ』


 拳児の言葉を受けて、竜胆は木剣を手に取り、鏡花は最初から氷の刀をその手に握っている。

 そして、両者がトレーニングルームの中央付近で正面を向き合った。


『では始めよう。試合――開始!』

「アイスバレット!」


 先手を取ったのは、鏡花だ。

 開始と同時にアイスバレットを飛ばし、竜胆の動きを探ろうという魂胆だ。


「ふっ!」


 一方で、竜胆も手の内を最初から晒すつもりはなく、木剣でアイスバレットを切り伏せていく。


「連続でいくよ! アイスバレット! ブースト!」


 今度はアイスバレットを放つと同時に、自らもブーストを掛けて突っ込んできた。

 素早い剣さばきでアイスバレットを切り伏せ、最小限の動きで回避しながら、その視線は鏡花の動きを追っている。

 振り抜かれた氷の刀へ木剣をぶつけると、接地面から木剣が凍り付き始めた。


「これはマズいな」

「負けないんだからね!」


 木剣を手放して大きく飛び退いた竜胆へ、鏡花が強気に言い放つ。

 竜胆は壁に立てかけられていた別の木剣を手にすると、今度はこちらから前に出る。


「また凍らせちゃうんだから!」

「魔法剣――炎剣」


 剣をぶつけ合えば、結局は先ほどと同じ結果を迎えると判断した竜胆は、魔法剣を発動させた。


「えぇっ!! 剣が、燃えてる!?」

「さあ、凍るか、溶けるか、勝負だ!」


 燃える木剣と、氷の刀がぶつかり合う。

 トレーニングルームの中には湯気が立ち込め、管理室からは何も見えなくなってしまう。

 それでも聞こえてくる剣戟の音が、竜胆と鏡花がいまだに戦っているという証拠だった。


「もう! この湯気、邪魔だよ!」


 視界の悪さに苛立った鏡花が氷で湯気自体を凍り付かせていく。

 トレーニングルームの気温が一気に下がり、吐く息が白く染まる。


「これでどうよ!」

「反射」

「えっ?」


 直後、竜胆は凍り付いた湯気を反射で砕き、破片を大量にばらまき飛ばしてきた。


「きゃあっ!?」

「勝負ありだ」

「あ……」


 そして、驚いた鏡花の背後を取り、魔法剣を解除した木剣を彼女の首元に当て、勝負あった。


『試合終了! 勝者、天地竜胆!』


 スピーカーから拳児の声が響くと、竜胆は小さく息を吐き、鏡花は悔しそうにこぶしを握り締めた。

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