第110話:ジェルゲイル⑤

「うおらああああっ!!」


 自らを鼓舞するために声を張り上げ、竜胆は前へ、さらに前へと踏み出して疾風剣を振るっていく。

 そんな竜胆の迫力に気圧されたジェルゲイルは、自分でも気づかないうちに一歩、また一歩と後退している。


(オレ、オカシイ! アシ、サガル!)


 自分でもどうして後退しているのか理解が追いつかず、焦る一方で思考がまとまらない。

 それでもギリギリのところで致命傷を避けているのは、モンスターの本能が自然と体を動かしているのだろう。


「ハ、ハナレロ!」


 密着してくる竜胆に対して苛立ちが頂点に達したジェルゲイルは、スキルを発動させる。


(視界が、歪む!)


 目の前にいたはずのジェルゲイルの姿が歪み、後方の空間だけが広がっていく。

 このままではジェルゲイルに逃げられてしまうと判断した竜胆は、即座にスキル【魔法剣】を発動させた。


「周囲を切り裂け、かまいたち!」


 風の刃が疾風剣を中心に周囲へと広がっていく。

 ほとんどが空を切り、中にはコボルトを切り裂いた刃もあったが、竜胆の狙いは別にある。


 ――ガキンッ!


 何もない――ように見えている場所から、何やら硬いものにぶつかったような甲高い音が鳴り響いた。


「そこか!」


 かまいたちを疾風剣に纏わせた竜胆が、音の方向へと駆け出していく。

 駆け出した方向の一部の空間に歪みがあり、そこめがけて袈裟斬りを放つ。


 ――ザシュッ!


『グゲルラガアアアアッ!?』


 疾風剣が、かまいたちが、幻惑魔法によって隠れ、逃げようとしていたジェルゲイルの背中を切り裂いた。

 あまりの激痛にジェルゲイルは悲鳴を上げてしまう。

 よろめいたジェルゲイルは逃げられないと判断したのか、青かった眼球を真っ赤に染めて、竜胆を睨みつける。


『グルルルルゥゥ』

「普通のモンスターみたいに、唸ってればいいんだよ」

『ゴ、ゴロズウウウウッ! グルラアアアアアアアアッ!!』


 生き残ることだけを考えていたジェルゲイルの思考が、敵を殺すことだけに切り替わる。

 幻惑魔法によって、合計五匹のジェルゲイルが竜胆の視界の中に現れた。


『『『『『グララララッ! ゴロズ! ゴロズ! ゴロズウウウウッ!!』』』』』

「ちっ! 時間は掛けたくないってのに!」


 本物のジェルゲイルがどれなのか、竜胆はどう見つけるべきなのか、思考する。

 そこへ影星の声が届いた。


「気配を探れ、竜胆! 矢田恭介に習っていただろう!」

(気配? ……そうか!)


 何かに気づいた竜胆は、戦闘中であるにも関わらず思考を気配察知へシフトする。

 突然無防備になった竜胆を見て、最初こそ警戒したジェルゲイルも、本能が殺さなければと駆り立て、次の瞬間には動き出していた。


『『『『『ジネエエエエエエエエッ!!』』』』』


 五匹のジェルゲイルが一斉に竜胆へ襲い掛かる。

 その爪が、牙が、竜胆を殺さんとした――その時だ。


「お前かああああっ!!」


 気合いのこもった声と共に、竜胆は鋭い切り上げを放つ。狙いは右から二匹目のジェルゲイルだ。

 この選択が間違えていれば、竜胆は爪か、はたまた牙によって、致命傷を受けていただろう。


 ――ズバッ!


 そこへ鳴り響いた何かを切り裂く音。


『ゲボグガガアアアアァァアアァァッ!? イダイ、イダイイイイィィッ!?』


 一度吹き飛ばされた右腕が、今回は斬り飛ばされていた。

 声にならない叫びに続いて、激痛を知らせる悲鳴がこだまする。

 ジェルゲイルの悲鳴に、コボルトたちも少しずつ戦意を失っていく。


「食われる前に片づける!」


 ここでジェルゲイルに回復されてしまえば、勝ち目はない。

 影星はコボルトたちの戦意喪失の瞬間を見逃さず、影分身と共に攻勢を強めていく。

 一匹、また一匹と、確実にコボルトたちを狩っていく。

 このまま何も起きなければジェルゲイルを倒すこともできるだろうと、竜胆も影星も考えていた。


『……ガルオオオオオオオオォォォォオオォォッ!!』


 ボロボロの体からは信じられないような大咆哮が、突如ジェルゲイルから発せられた。


「こいつ! まだそんな力が――!?」


 出会い頭に受けた行動阻害により、竜胆は一瞬だが無防備になってしまう。

 直後、ジェルゲイルは両足に力を込め、一直線に竜胆へ飛び掛かる。

 踏みしめた地面が大きく陥没するほどの加速に、竜胆は目を見開いた。

 背中から、右腕から、とめどなくどす黒い血が零れ落ちている。

 しかし、そんなこと気にも留めていないかのようにジェルゲイルは真っ赤に染まった瞳を竜胆だけに向け、大きな口を開き鋭い牙で襲い掛かった。


「くっ! 動け、動け、動けええええっ!!」


 自らを叱咤し、竜胆はギシギシときしむ体を無理やりに動かした。

 疾風剣を両手で握り、そのままジェルゲイルの口内めがけて振り抜く。

 ジェルゲイルの牙が、疾風剣に噛みついた。

 強烈な噛む力が疾風剣を通じて竜胆の手にも伝わってくる。

 疾風剣と牙によるせめぎあいは、一秒に満たなかっただろう。

 結末は、すぐに訪れた。


 ――バキイイイインッ!


 せめぎあいに負けたのは――疾風剣だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る