第105話:一難去って

 下層に落ちてからというもの、上層にいた時に比べてモンスターとの遭遇が頻繁になってきた。

 どうやら上層にいたモンスターは、下層からあぶれて仕方なく移動してきた個体だったようだ。

 それはつまり――下層のモンスターが上層に比べて桁違いに強いことを意味している。


「前に出過ぎです、天地竜胆!」

「いいや、これでいいんだ!」


 積極的に前に出ようとする竜胆へ影星が大声をあげるも、竜胆は止まろうとしない。

 それは敵の数が多くなればなるほどスキル【死地共鳴】によるバフが強くなるため、竜胆なりに効率を考えての行動だったからだ。


(それに、スキル熟練度が当たって進化してくれれば、恭介や彩音を助けられる確率だって上がるはずだ!)


 闇雲に戦っているわけではない。

 しかし、その事実を知らない影星から見れば、竜胆の行動はあまりに無謀な動きだった。


「まったく、あなたという人は! 影縫い!」

『ガルアッ!?』


 ほとんどのモンスターが竜胆を標的にしているため、影星は比較的自由に動くことができる。

 そこで影星は援護に徹し、相手の動きを阻害できる影縫いを発動させた。


「ナイスだ、影星!」


 影星の心配など知る由もなく、竜胆は彼女の援護に感謝を口にしながら、さらに前へと飛び込んでいく。


「あぁ~、もう! 支部長もですが、あなたも脳筋なのですね!」


 自らが前へ、前へと出ていくスタイルに辟易しながらも、影星は竜胆についていく。

 もっと効率の良い戦い方があるのではと頭の片隅で思考するが、思いのほかモンスターの数が減っているのを目の当たりにしてしまうと、それも無意味だと思わざるを得ない。


「……分かりました! こうなったら、とことん付き合ってあげるわよ!」

「おっ! それがお前の素なのか?」

「知るか! さっさと片付けろ、天地竜胆!」

「了解だ!」


 スキル【死地共鳴】は敵に囲まれているほど、その能力を発揮する。

 故に、敵の数が減ればその能力を減少させてしまうのだが、数が減ることでこちらも動きやすくなるわけで、竜胆にはデメリットには映っていなかった。


「はああああっ!」


 一匹、また一匹とモンスターの数が減っていく。

 ついには影星自らも前に出れるくらいの数となり、モンスターを倒す速度はさらに加速していく。

 このまま根絶やしにできる――そう思った時だった。


「「――!?」」


 今まさに竜胆たちが進んでいる先から、強烈な殺気が伝わってきた。

 過去に感じてきた殺気の比ではないくらい濃密で、凶悪で、背筋を凍らせるほどの殺気だ。


「……こいつは、まさか?」

「……二重扉の、ボスモンスターでしょうね」


 竜胆が戦ってきた中では、星6の扉にいたイグナシオが最も強いモンスターだった。

 だが、感じられる殺気からはイグナシオ以上の圧力があり、それだけで過去最強のモンスターが待ち構えていることは明白だ。


(くそっ! 恭介や彩音と合流してからと思っていたが、まさか先にボスモンスターを見つけることになるなんて!)


 別の道を探して恭介と彩音を探すという選択肢もある。むしろ、その方が生き残れる可能性は飛躍的に高くなるだろう。

 そもそも、扉ではボスモンスターが自身の縄張りの外に出ることはほとんどない。

 新人プレイヤー用の扉では岳斗の策略で縄張りを出ていたが、あれが異常だったのだ。


「……天地竜胆。一度引き返して、別のルートを――!?」

『エサ、ニガサ、ナイ!』


 しかし、ここは二重扉であり、竜胆たちは常識が通用しない場所へ足を踏み入れていた。

 垂れ流されていた殺気が、明確に竜胆たちへ放たれていく。


「……コボルト、ロード!」

『オレ、ロード。オレ、ジェルゲイル!』

「名持ちですって!?」


 コボルトロードが確認されたのは、星6の扉からであり、それもボスモンスターとして確認される例が多い。

 しかし、名持ちとなれば話は変わってくる。


(名持ちは通常個体よりも能力が高いはず! それがコボルトロードの名持ちとなればその実力は――星7以上は確実じゃないか!)


 ジェルゲイルを目の前にしてしまえば、本能的に竜胆たちは悟ってしまう。逃げようと背を向けてしまえば、一瞬のうちに殺されてしまうことを。


「……やるぞ、影星!」

「……仕方ありませんか」

『エサ、ウマイ! チキュウジン、ウマイ!』


 口角を上げてそうのたまったジェルゲイルが、歓喜の大咆哮を発する。


『ガルオオオオオオオオォォォォオオォォッ!!』


 大咆哮の衝撃で壁が、天井が大きく揺れ、砂埃がパラパラと落下していく。

 それだけではない。


「ぐっ!」

「……まさか、いきなり行動阻害ですか!」


 心の奥底へ恐怖を刻みつける大咆哮は、竜胆たちの足を一瞬だが止めていた。


『シネエエエエッ!』


 直後、ジェルゲイルが涎をまき散らしながら突っ込んできた。

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