第104話:影星の実力

 竜胆が飛び掛かってくるモンスターを正面から倒す正攻法だとすれば、影星は影に身をくらまして視覚外から攻撃する奇策と言えるだろう。

 影星が意図してやっているのか、それとも偶然戦闘スタイルがフィットしたのかは本人しか知り得ないが、二人の戦い方は絶妙にかみ合い、戦闘を優位に進めていた。


「くそっ! いったいあとどれだけの数がいるんだよ!」

「もう少しで終わりです! このままやりましょう!」

「分かった!」


 いつしか竜胆も影星の言葉を信じるようになっており、戦闘中だからだろう、彼はそのことに気づいておらず、また影星も状況を口にするだけで信じてもらえているとは思っていなかった。

 そのせいもあり、二人は自分の戦いに集中することができ、暗闇の中で強いられた戦闘をなんとか切り抜けることができた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……終わったのか?」

「どうやら、そのようですね」


 問い掛けたつもりではなかった竜胆の呟きに、影星が思わず答える。


【一五回のガチャによりアイテム【中級ポーション】を三つ、【下級ポーション】を五つ獲得しました】


 直後、スキル【ガチャ】が発動してしまい、二人の前に魔法陣が顕現した。


(しまった!)


 影星にはスキル【ガチャ】について伝えていないため、竜胆は誤魔化しきれない状況に焦りを覚えた。

 しかし、影星は魔法陣を目にしても慌てることはなく、ただ見つめているだけだ。

 そのまま獲得したアイテムが地面に転がるのを見て、小さく息を吐いた。


「……本当に、驚きですね」


 影星がそう呟いた瞬間、竜胆は疾風剣を構えながら鋭い視線を影星に向け、影星は短剣を鞘に納めてから竜胆の正面に立った。


「……どういうつもりだ?」

「あなたに信じてもらうには、こうする方がいいかと思いまして」


 剣を向けられた影星が短剣を鞘に納めた意図が読めず、竜胆は警戒心を強めていく。


「今は敵意がないからって、あとからどうなるかは分からないだろう」

「そこはもう、今までの行動を見て信じていただくほかありません」


 実際のところ、竜胆は影星が敵ではないと思い始めている。

 拳児が送り込んだプレイヤーだということで警戒はしているが、影星は床が抜けて落下していく竜胆を、身を挺して助けてくれた。

 そしてコボルトの群れとの戦闘でも力を貸してくれている。


(こいつのスキルなら、戦闘中に俺を攻撃することもできたはずだ。それもしなかったってことは……まあ、味方ってことだよな)


 本来であればもっと深く検証したいところだが、ここは扉の中であり、危機的状況に陥っている。

 それに自分のところでモンスターに襲撃されたのであれば、恭介や彩音も同じ状況である可能性もあった。


「……分かった、信じよう」

「ありがとうございます」

「ただし! ここを攻略したら、支部長にはきちんと説明してもらうからな」

「もちろんです。私からも重々お伝えしておきますので」


 影星の語気がやや強くなったのを見て、竜胆は僅かに首を傾げる。


「……あんたも、難儀しているのか?」

「支部長の指示はどれもこれも無理難題ばかりなのです。こっちのこともしっかりと考えて命令してくれればいいものを、あれをやれ、これをやれと……はっ!」


 思わず愚痴をこぼしてしまった影星は、ハッとした表情で竜胆を見る。

 すると竜胆はきょとんとした顔で影星を見ており、今までの緊迫した雰囲気からは考えられない現実味を帯びた姿に困惑している様子だった。


「……と、とにかく! 私も支部長には迷惑をこうむっているのです! まあ、報酬が良いので付き合っている部分はあるのですが……」

「お互いに利を得ているってことか」


 常に冷静な雰囲気を醸し出していた影星が慌てている様子に、竜胆は驚きだけではなく、彼女に人間味を感じて苦笑する。


「それにしても、魔法陣が出た時だが、驚かないんだな」


 竜胆は魔法陣を見た影星の反応が薄かったことに言及してみた。


「それは……まあ、扉に入ってからずっと、見守っていましたので」

「あぁ……なるほど、そりゃそうか」


 影星の答えを聞いた竜胆は肩を竦めつつ、先のことを考えることにした。


「さて、それじゃあこれからどうするのか、それをまずは決めようか」


 そう口にした竜胆が表情を引き締めると、影星も真面目な顔となり頷く。


「私はあなたの判断に従います」

「それなら、恭介と彩音との合流を優先しよう。二人が心配なのもあるが、俺のスキルは……」


 そこまで口にした竜胆は言いよどむ。

 何故なら拳児にはスキルを【中級剣術】だと伝えており、【ガチャ】についてはまだ知らせていないからだ。

 魔法陣からアイテムがドロップする光景を見られてはいるが、他のスキルについては秘匿しており、説明しようとしていたスキル【死地共鳴】について口もできないと思い至った。


「……秘匿していることがあるのは理解しております。ただの中級剣術で、支部長に傷を負わせられるはずがありませんから」


 口にできない何かがあると判断した影星はそう口にし、暗に説明する必要はないと竜胆に伝えたかった。


「……まあ、支部長の説明で納得できれば、全て話すさ」


 その意図を汲んだ竜胆は今は無理でも、後に納得できればと条件付きで伝えると口にした。


「その時は支部長に。私は席を外しますので」

「そうなのか?」

「……これ以上、変な問題に首を突っ込みたくありませんので」


 渋面になりながらそう口にした影星を見て、竜胆はここでも苦笑を浮かべた。

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