第103話:影星

 竜胆たちが扉に入ったのと同時に、拳児の指示と受けた影星もこっそりと、扉が閉じられる前に星5の扉へ入っていた。

 影の中にいれば気配を悟られることもないが、それでも無限に隠れられるわけではない。

 竜胆と恭介が気配察知をしていないタイミングで影から外に出て、呼吸を整えてから再び影の中へ入る。

 そんなことを繰り返しながら、影星は竜胆たちが危険に晒されないかを見守っていた。


(ボスモンスターはコボルト上位種。彼らなら問題なく攻略してくれそうね)


 影の中からボス戦を見守りながら、影星は内心で安堵していた。

 そして予想通りに戦闘が終わり、あとはダンジョンコアを破壊、もしくは回収して終わりだと気を緩めていたところ――


 ――ゴゴゴゴ。


(……床が、揺れている?)


 影星が入っている影の中は、入ったものと体を一つにしていると言っていい。故に、竜胆たちよりも先に異常を察知していた。


 ――ドンッ!


「うわっ!」


 竜胆の悲鳴が聞こえ、影星はハッとして視線をそちらへ向けた。

 床に広がる亀裂を見て、影星は必死に思考を回転させる。


(影を失えば自動的に外へ出てしまう! だけど、隠れているだけでは彼らを助けることはできない!)


 影星の視線は忙しなく左右へ動く。


(距離的に矢田恭介と風桐彩音は近い。なら、孤立する可能性が高いのは、天地竜胆か! くそっ、こんな時だけ支部長の予想が当たるなんてね!)


 拳児の懸念が当たったことに悪態をつきながら、影星は決意する。


「嘘でしょ!?」

「早く集まるんだ!」

「間に合わない! 床が――崩れるぞ!!」


 直後には床が崩れ、竜胆たちが下層へ落下していく。


(影移動、解除!)


 影から飛び出した影星は、宙を舞う瓦礫を足場にしながら竜胆の近くまで移動する。


「くっ! もう足場がないわ!」


 宙を舞う崩れた床が見当たらなくなり、下方には落下していく竜胆の姿が見て取れた。


「……仕方がないわね!」


 最後の足場を蹴りつけた影星は壁に飛びつく。

 その壁を再び蹴りつけると、竜胆めがけて加速する。


「天地竜胆!」

「なっ! 誰だ、お前は!」


 影星が大声で名前を呼ぶと、竜胆は困惑顔で答えた。


「説明はあと! 息を止めなさい、いいわね!」

「息を止めろだって! それはいったい――」

「地面が近い! 早く息を止めるのよ!」


 切羽詰まった雰囲気を感じ取った竜胆は、渋面になりながらもすぐに息を止めた。


「影移動!」


 影星が竜胆を抱きしめると同時に、彼女のスキル【影魔法】が発動される。

 二人が地面に激突する瞬間、衝撃が訪れることはなく、そのまま影の中へ沈み込んでしまう。


(……なんだ、これは?)


 困惑する竜胆とは異なり、影星は生き残ったことに安堵しつつ、すぐに影の中から飛び出した。


「ぷはっ!」


 顔を出すと同時に息を吐き出し、影星は両手を地面に付けながら、呼吸を整えようとする。

 だが、そこへ竜胆の冷たい声が響いてきた。


「お前、何者だ?」


 影星の首筋に疾風剣の刃が添えられ、金属の冷たい感触が血の気を引かせていく。


「……私は堂村支部長の指示であなた方の見守っておりました、影星と申します」

「支部長の指示だって? ……ってことは、支部長は俺たちの味方にはなり得ないってことか?」


 竜胆から見れば、自身のスキルを把握するために監視されていたように見えただろう。


「落ち着いてください、天地竜胆」

「これが落ち着いていられると思うか?」

「支部長はあくまでもあなた方を守りたいがために、私に依頼をされました」

「それを俺たちに隠す意味は? どうして秘密裏に監視していた? どう考えても俺のスキルを探るためじゃないのか?」


 興奮した竜胆の手が揺れ、刃が影星の首に小さな傷をつける。

 微かに血が滲み、影星は額に汗を浮かべた。


「断じて違います。支部長はあなた方の未来を守るため、私に依頼を――」

「それを信じろって言いたいのか? この二重扉も、支部長は本当は知っていたんじゃないのか? そのせいで恭介と彩音は危険に晒されているかもしれないんだぞ!」


 影星の言葉を遮りながら、竜胆は怒声を響かせる。

 今の竜胆に何を言っても信じてもらえないと感じた影星は、どうやって説得したらいいのかを思案する。


『……ガルルルル』


 その時、薄暗い暗闇の先からモンスターの唸り声が響いてきた。


「くそっ! こんな時にモンスターか!」

「……私のことを信じられないのは分かりました。ですが今は、この場を生き残ることを優先いたしませんか?」

「お前、そんなことを言える立場じゃない――」

「このままでは矢田恭介と風桐彩音に再会できないかもしれないのですよ! いいから今は共闘しなさい! 生き残ることを優先するのです!」


 今度は影星が怒声を響かせた。

 あまりに声を張り過ぎたため、首に力が入り刃が深く入ってしまう。

 傷口から血が溢れ、赤い筋を残して地面に落ちた。


「……お前を信じたわけじゃない、いいな?」


 影星の迫力に何か強い決意を感じた竜胆は、疾風剣を引きながらそう答えた。


「それで構いません。手早くモンスターを片付けましょう」


 小さく息を吐きながら立ち上がった影星は首の血を拭うことなく、モンスターが潜んでいるだろう暗闇を睨みながら短剣を構えた。


『ガルアアアアッ!!』


 直後、飛び出してきた複数のモンスターとの戦闘が開始された。

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