第93話:扉の紹介

「そんなわけで、天地プレイヤーたちに紹介したい扉がある」


 協力関係を結んだ直後、拳児からそんな言葉が飛び出した。


「それはまた、いきなりですね」

「強くなるためにここまで来てくれたのだから、扉を紹介しないわけにはいかないだろう?」


 ニヤリと笑った拳児に、竜胆は思わず苦笑いを浮かべた。


「扉は二つある。一つは星5で、一時間前に現れた。もう一つは星4だが、すでに三つのパーティが攻略に失敗している」


 二つ目の扉について話を聞いた竜胆たちは困惑する。


「星4の扉なのに、三つのパーティが失敗しているんですか?」


 時に、協会の人間も派遣するパーティ選びに失敗することはある。

 だが、それが三回も繰り返されているとなれば話は別だ。


「その扉、本当に星4の扉なんですか?」

「間違いなく星4だと記されている。しかし、ここまで来ると疑わざるを得ない」


 疑いの声をあげた竜胆に対して、拳児が思案顔で答える。


「まさか、二重扉ですか?」


 そんな拳児の言葉に彩音が反応した。


「おそらくな。日本では数えるくらいしか確認されていなかったが、まさか再び現れるとは……」

「支部長。その攻略に失敗したパーティのランクはどれほどのものだったんですか?」


 恭介の問い掛けに、拳児は渋い表情で答えた。


「最初はDランクとEランクの混合パーティ、次がDランク、最後はCランクのパーティだ」

「なっ! ……Cランクパーティでも失敗したんですか?」

「あぁ。俺たちの中では、Bランクを飛ばしてAランクパーティに依頼を出そうかとも考えている」


 Aランクパーティと聞き、竜胆と恭介は彩音に視線を向けた。


「……えっ? わ、私ですか?」

「風桐プレイヤーにお願いする場合だと、連合パーティになってしまうからな、連携面も考えると、熟練のパーティを希望している」


 拳児の言葉を受けて彩音はホッと胸を撫で下ろす。


「なんだ、そんなに嫌なのか?」

「嫌ってわけじゃないんです。ただ、二重扉の攻略は相当難しいものになると分かっているので、単独の力がそこまで高くない私では力不足かなって思っちゃいまして」


 竜胆の問い掛けに彩音が苦笑いしながら答えた。


「でもまあ、俺もそこまでの無理はしたくないかな。Cランク、それに見合った扉の攻略が理想的だ」

「風桐プレイヤーがAランクでも、天地プレイヤーと矢田プレイヤーはCランクだからな。ただ、強い扉を希望するならと思って紹介しただけだから、あまり難しく考えないでくれ」


 本心では攻略したいと言ってほしいと思っていた拳児だが、すでに竜胆の思いを聞いた後であれば、今回の選択は致し方ないと納得した。


「それじゃあ、天地プレイヤーたちには星5の扉の攻略をお願いしてもいいだろうか?」


 気持ちを切り替えた拳児がそう伝えると、竜胆たちは一度顔を見合わせたあと、それぞれが頷いたことで意思確認を行った。


「分かりました。俺たちは星5の扉を攻略したいと思います」

「星6を攻略した私たちなら余裕ですね!」

「そんなことを言っていたら、足元をすくわれてしまうよ」


 自信満々な彩音に対して、恭介が苦笑しながら釘を刺す。


(時折調子に乗ってしまう風桐プレイヤーを、矢田プレイヤーがきちんと制してくれる。そうすることで天地プレイヤーもリラックスして実力を発揮できる、そんなパーティかもしれんな)


 ランク差はあるものの、バランスの取れたパーティだと感心してしまう拳児。


(天地プレイヤーの潜在能力は未知数なうえに、怪我がなければBランク……いいや、Aランクもありえただろう矢田プレイヤーだ。彼らが順調に成長してくれれば、新たな難易度になったあの扉の攻略も見えてくるか)

「どうかしましたか、支部長?」


 考え込んでいた拳児へ竜胆が声を掛けた。


「ん? いいや、なんでもない。では後ほど、一階の受付で扉の場所が記された地図を受け取ってくれ」

「分かりました。急な来訪にもかかわらず、対応していただきありがとうございました」


 竜胆がお礼を口にすると、三人は立ち上がり、支部長室をあとにした。


「……いるか、影星」

「はい、ここに」


 竜胆たちが扉を閉めた直後、拳児は影に潜んでいた影星に声を掛けた。


「星4の扉が二重扉だったのだ、今回新たに発見された星5もそうではないと言い切れると思うか?」

「……分かりません」

「まあ、当然か」


 小さく息を吐きながら、拳児は一つの決断を下す。


「……今回は、天地プレイヤーたちに気づかれないよう、スキルを使って共に扉へ入ってくれ」

「なっ! 本気で言っておられますか、支部長!?」


 影星からすればまさかの発言に驚愕の声をあげた。


「もしも扉の中がコロッセオのような場所であれば、私の存在が即座にバレてしまいます。それはつまり、支部長の影の存在が公になるかもしれないということですよ?」

「構わん。それだけ、天地プレイヤーたちを失うわけにはいかないのだ。彼らが危険だと判断すれば、介入して助けてやってくれ」


 影星は拳児が個人的に雇っている、いわば私兵である。

 その存在は誰にも知られてはおらず、汚れ仕事もこなしてきた。

 そんな影星の存在がバレる危険性があることを、拳児は彼女に依頼したのだ。


「……まあ、私に拒否権はありませんけれどね」

「面倒を掛けるな」

「これも仕事ですから。それでは、失礼いたします」


 こうして影星も姿を消した。


「何事もなく攻略できればそれでよし。そうでなければ、改めて扉攻略のガイドラインを作り直さねばならんか」


 椅子の背もたれに全体重を預けながら、拳児はしばらく真っ白な天井をただ眺め続けたのだった。

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