第92話:堂村拳児の判断
――プルルルル。
「はい」
支部長室の内線が鳴り、拳児が取る。
「……分かった、すぐに通してくれ」
そう答えた拳児が内線を切ると、小さく息を吐く。
「ふぅ……さて、吉と出るか、凶と出るか」
そんなことを呟きながら、来訪者を待つ。
――コンコン。
「どうぞ」
しばらくしてドアがノックされ、拳児が返事をすると、ゆっくりと開かれた。
「失礼いたします、堂村支部長」
最初に姿を見せたのは彩音で、その後ろから恭介、最後に竜胆が続く。
「それで、アポもなく会いたいということだったが、緊急の要件なのだろうか?」
拳児は竜胆たちの要件を、彼に関することだと予想している。
そして、わざわざアポもなく会いに来たことから、こちらにとっては悪い話ではないとも思っている。
(しかし、天地プレイヤーの口から話を聞かないことには安心はできない。さて、どうなる?)
平静を装いながらも内心ではドキドキしている拳児に向けて、竜胆が口を開いた。
「俺を、鍛えてくれませんか?」
竜胆の言葉を聞いた拳児は心の中で拳を握りながらも、一つの疑問が浮かび上がる。
「ランクを上げてほしいではなく、鍛えてほしいとは?」
少なくとも竜胆の実力をBランク相当、潜在能力まで加味すればSランクに到達できる逸材だと判断している拳児は、ランクを上げることに関してはまったく問題はないと考えていた。
しかし、口を開いてみれば鍛えてほしいという願いを聞いて、竜胆の意図を確認したくなった。
「俺はエリクサーを手に入れる目標を達成しました。支部長の計らいのおかげです、ありがとうございます」
「いや、あれは星5以上の扉を矢田プレイヤーが探していると耳にしたからだよ」
「だとしても、俺にとっては何より欲しいものが手に入った攻略だったんです」
竜胆が心の底から感謝していることを知り、拳児は素直にお礼の言葉を受け取ることにした。
「……最大の目標が達成されて、俺は今後のことについて考えました。恭介にも言われていたことだったので」
それから竜胆は自分の考えを拳児に語り始めた。
無理をしてでも多くの人間を助けるべきなのか、それとも自分のできる範囲で活動するべきなのか。
その中で、妹である鏡花の言葉が決断の後押しになったことも伝えられた。
「もしかすると、支部長の思惑からは外れてしまうかもしれません。でも俺は、鏡花を残して死ぬわけにはいかないんです」
「だから、強くなりたいと?」
「はい。強くなって、俺の手の届く範囲ではありますが、その中でなら全力で助けられる人を助けます。扉の攻略にも手を抜くつもりはありません」
竜胆の言葉を受けて、拳児は思案する。
(天地プレイヤーの言葉に嘘はないだろう。俺が直接鍛えることができれば、彼の実力を常に把握することもできる。しかし……)
そこまで考えた拳児は、思考をまとめてから口を開いた。
「……俺が直接鍛えることはできない」
「どうしてですか、支部長?」
拳児の言葉に意見を物申したのは恭介だ。彩音も非難するような視線を向けている。
「勘違いしないでほしいが、しないのではなく、できないのだ」
「……どういうことでしょうか?」
言葉の意味がすぐには理解できず、竜胆は困惑気味に問い掛けた。
「天地プレイヤーは最初、Eランク判定を受ける実力だったが、今ではCランク……いいや、Bランクでも問題ないと判断される実力を付けている」
「竜胆さんが実力を隠していたってことじゃないんですか?」
彩音が疑問の声をあげたが、拳児は首を横に振った。
「これでも俺は支部長でね、気になったプレイヤーのランク審査については確認するようにしているんだよ」
「……見ていたんですか?」
「ランク審査は録画されているからな、それを見させてもらった。あの時の動きは確かに見事だったが、おそらくは本気で審査を受けているように見えたな」
事実、当時の竜胆は本気でランク審査を受けていた。
スキルも下級剣術のままだったわけで、あれが竜胆の全力だったわけだ。
「だが、扉へ入るごとに天地プレイヤーは実力を高めてきている。おそらくだが、そういうスキルを授かったのではないかと、俺は読んでいる」
「で、でも、だからと言って支部長が鍛えないという理由にはならないのでは?」
竜胆の秘密に迫ってきた拳児の話題を変えるため、恭介が口を挟む。
「天地プレイヤーは実戦を踏んで実力を高めるタイプだろう。なら、ここで俺が鍛えたとしても十分な成果は得られないと判断した。だから、できないのだ」
拳児に竜胆のスキル【ガチャ】については伝えていないが、それでも的確な推理に脱帽するしかなかった。
「その代わりと言ってはなんだが、天地プレイヤーたちへ優先的に扉を斡旋することは可能だ」
「……えっ?」
「言っただろう? 実戦を踏んで実力を高めるタイプではないか、とな」
鍛えることはできないが、竜胆が強くなるための協力はできると、拳児は暗に伝えてくれた。
「ありがとうございます、支部長」
「なに、構わんよ。だが、今後は協力をお願いすることも出てくるかもしれん。その時は頼めるか?」
「もちろんです、よろしくお願いします!」
こうして竜胆は拳児との協力関係を築き、硬い握手を交わした。
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