第88話:エリクサーの効果

 ――シュウウゥゥン。


 竜胆たちが扉の前に戻ってくると、その扉は崩壊を開始した。

 星3の扉の時は完全に崩壊するまで見届けていたが、今回は急ぐ必要があった。


「ここは僕が見ておくから、竜胆君と彩音さんは病院へ行ってあげて」

「助かる、恭介」

「行きましょう、竜胆さん」


 恭介の言葉を受けて、竜胆は感謝を口にし、彩音と共に鏡花が入院している病院へと急いだ。


 竜胆は考えていた病院までの最短ルートを駆け抜け、一時間弱で到着した。


「おっ! 竜胆君じゃないか!」

「これ、お願いします!」

「これも!」

「うおっ! おっと! ……な、なんだ?」


 病院の警備員である一哲いってつが声を掛けると、竜胆と彩音は武器を投げ渡した。

 慌ててキャッチした一哲は、困惑顔で病院へ入っていく二人の背中を見送った。


「鏡花!」

「り、竜胆君!」


 病室の扉を開けて鏡花を呼ぶと、そこには環奈がおり、鏡花はベッドの上で苦しそうな表情を浮かべていた。


「ごほっ! ごほっ!」

「鏡花さん!」


 咳き込んだ鏡花の口元から血が零れ落ち、環奈は必死に光魔法で症状を緩和しようとしている。


「鏡花! 先生! これ、エリクサーです!」

「え、エリクサーですって!?」


 ギリギリのところで鏡花を保たせていた環奈は、エリクサーという言葉に驚きの声をあげた。


「これを鏡花に!」

「お願い! そのまま振り掛けて!」

「分かりました!」


 瓶の蓋を外した竜胆は、エリクサーを苦しんでいる鏡花へ振り掛けた。

 すると、ポーションを使った時とは比べ物にならない強烈な光が、鏡花の体から溢れ出した。


「……すごい、きれい」

「……これだけの光、初めて見たわ」


 不適切かもしれないが、それだけの美しい光が放たれている。

 彩音と環奈がそう言葉を発する中、竜胆の視線は鏡花にだけ注がれていた。


「鏡花……」


 苦しそうにしていた表情は徐々に和らいでいき、呼吸も落ち着いていく。

 竜胆が優しく口元についていた血を指で拭うと、ゆっくりと鏡花の目が開かれた。


「……お兄、ちゃん」

「鏡花、大丈夫か?」

「……うん。なんだか、スッキリした気分」


 疲れた表情をしているが、それでも鏡花は笑みを浮かべながら竜胆に答えた。


「もう大丈夫だ、大丈夫だから……今はゆっくり休め、いいな?」

「……分かった。お兄ちゃん、ありがとう」

「おう」


 簡単なやり取りだったが、それが鏡花を安心させてくれた。

 彼女はゆっくりと目を閉じ、そして心地よい寝息を病室に響かせてくれる。

 それだけで鏡花の容態が良くなったことを表しており、環奈は光魔法を解除すると、そのまま倒れそうになった。


「先生!」


 魔法の使い過ぎと、鏡花を守りたいという必死の行動から、ようやく緊張の糸が切れたのだ。

 疲れがドッと押し寄せたのだろう、倒れそうになった体を即座に竜胆が支えてくれた。


「あっ……ごめんなさい、竜胆君」

「なんで謝るんですか。先生がいなかったら、間に合わなかったかもしれない。……本当に、ありがとうございました」


 環奈を椅子に座らせた竜胆は、勢いよく頭を下げながらお礼を口にした。


「ううん。私だけでは延命はできても、鏡花さんの命を救うことはできなかった。私の方こそありがとう、竜胆君」


 竜胆だけでも、環奈だけでも、鏡花を助けることはできなかっただろう。

 二人だけではない。彩音と恭介、そのどちらが欠けていてもエリクサーを手に入れることはできなかったと竜胆は考えている。


(彩音を信用して、本当によかった)


 星3の扉を攻略したあと、彩音を信用するか否かの選択に迫られた竜胆は、信用するという選択を取った。

 もしもここで信用せず、パーティを組むことを拒んでいれば、竜胆と恭介は星6の扉でイグナシオに殺されてしまい、鏡花も助からなかっただろう。


(たった一つの選択で、ここまで大きく未来が変わるんだな)


 そう思った竜胆は、安堵した表情で鏡花を見ていた彩音を横目に見る。


「……ありがとう、彩音」

「えっ? なんですか、急に?」

「いや、お礼を言うべきだったなと思ってな」


 突然のお礼の言葉に困惑する彩音だったが、竜胆はそれが当然だという感じで答えた。


「そうですか? ……でもまあ、お礼を言われるのは気持ちがいいので、受け取っておきますね!」

「そうしてくれ」


 満面の笑みでそう口にした彩音を見て、竜胆は苦笑しながらそう口にした。


「先生、今日はここに泊っていってもいいですか?」


 そして、竜胆が環奈にそう確認すると、彼女は笑顔で頷いた。


「昨日は断ってしまったし、私からもお願いするわ」

「ありがとうございます、先生」


 それから環奈は鏡花の状態を確認したあと、竜胆に何かあれば呼び出すようにだけ伝え、病室をあとにした。


「私も帰りますね」

「あぁ。本当にありがとう、彩音」

「こちらこそです。それじゃあ、また明日」


 彩音も病室をあとにすると、竜胆はしばらく鏡花の寝顔を見続けたあと、自分はソファに寝転がり就寝した。

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