第86話:嘘か誠か
『……そんな、まさか』
そんな口上者の呟きが、コロッセオに聞こえてきた。
観客席からはむせび泣く声が聞こえており、イグナシオの死を悲しむ声も届いている。
しかし、竜胆たちからすれば生き死を掛けた戦いをしていたのだから、遠慮などしていられない。
ポーションを使って傷は癒されたものの、ポーションでは擦り減らされた精神を回復させることはできない。
それだけでギリギリの戦いであったことは明白であり、どちらかの死をもってしなければ勝負は決しなかっただろうと、竜胆たちだけではなく、きっとイグナシオも思っていただろう。
「……勝った、のよね?」
「……だよね、たぶん」
イグナシオが立ったまま絶命しているため、本当に死んでいるのか、実は生きているのではないかと、彩音と恭介は警戒を解いていない。
【初めての異世界の王討伐特典です。倒した王のスキルを獲得します】
一方で竜胆は、イグナシオが死んだことをスキル【ガチャ】が発動したことを持って知ることになった。
【イグナシオのスキル【魔法剣】を獲得しました】
そして、スキルを獲得したことにより取捨選択が発生する――そう思っていた。
【スキル【ガチャ】のレベルが2に上がりました。獲得できるスキルが4つとなります】
イグナシオを倒したタイミングでスキル【ガチャ】のレベルが上がり、スキルの獲得できる数が増えたのだ。
「……マジかよ」
これで今回のスキル【魔法剣】をそのまま獲得することができ、竜胆はホッと胸を撫で下ろした。
「安心しろ、二人とも。イグナシオはもう、死んでるよ」
イグナシオの死を竜胆が二人に伝える。
「……やった! 勝ったんですね、私たちは!」
「……はは、僕たち、本当に勝ったんだ!」
少し間をおいて彩音と恭介も歓喜の声をあげると、お互いに歩み寄り、拳を打ち合わせた。
イグナシオがボスモンスターであれば、このまま異世界の核を破壊して攻略完了となる。
しかし、コロッセオ内の雰囲気がそうはさせまいという殺気に包まれていた。
「殺せ! 王を殺したゴミどもを、絶対に許すな!」
「俺たちで殺すんだ!」
「コロッセオがなんだ! 殺せ! 殺せ! 殺せええええっ!!」
怒号が至る所から響き渡り、コロッセオ全体が大きく揺れる。
観客席の全てを埋め尽くしている数のエルフに襲い掛かられれば、それこそ竜胆たちは一巻の終わりだろう。
「鎮まれええええっ!!」
そこへ大観衆の怒号よりも大きな声が響き渡り、コロッセオは一瞬にして静寂に包まれた。
「……で、でかい」
声の主は相手側の代表が出てきていた通路から姿を現していた。
二メートルを超える巨躯のエルフであり、その身から放たれる覇気はイグナシオに勝るとも劣らないものがある。
今の状態で戦うことになれば一蹴されてしまうだろうと、竜胆たちは考えていた。
「我らの負けだ、異世界の者たちよ」
だが、巨躯のエルフは竜胆たちへ視線を送ると、すぐに敗北を認めた。
その行動に竜胆たちは呆気に取られ、これが本音なのか、それとも油断を誘う罠なのかを勘ぐってしまう。
「……まあ、そう簡単には信じられんだろうな。だが、負けは負けよ。陛下が宣言したことに、我らが逆らうわけにはいかんからな」
巨躯のエルフはそう口にしながら小さく息を吐いた。
『そ、そんな! あなた様ならゴミどもを倒せます! お願いいたします、エルドラン様! ゴミどもに死の鉄槌を――』
「陛下のお言葉に逆らうというのか!」
『ひいいぃぃっ!? いえ、そんなことはぁ……』
エルドランと呼ばれた巨躯のエルフの怒声に、口上者は小声になって否定する。
「……はぁ、すまんな」
「いや、別に謝る必要はないだろう」
「……この通路の先に、我らが国の宝物庫がある。そこからそれぞれが一つ、アイテムを持っていくがいい」
エルドランはため息交じりに謝罪すると、そのまま一歩横に移動して通路を示した。
「宝物庫? アイテム? ……異世界の核があるんじゃないのか?」
竜胆がそう呟くと、横から恭介が説明してくれる。
「コロッセオの場合、主に宝物庫からレアアイテムを獲得して終わることが多いんだ」
「そうなのか?」
「うん。おそらくだけど、この世界にはきちんとした生態系が形成されていて、僕たちの世界と同じで、核というものが存在しないんじゃないかな?」
恭介の説明を聞き、竜胆は感心しながら頷いた。
「確かに俺たちの世界にも核なんて存在しないよな」
「まあ、僕たちが知らないだけかもしれないけど、分からないことを考えても仕方がないからね」
「それよりもですよ、竜胆さん! 宝物庫ってことは、あるかもしれませんよ!」
「あるかも? ……そうか、エリクサーか!」
最後に彩音が嬉しそうに声をあげると、竜胆もエリクサーが手に入る可能性が高まったことに気がついた。
「……本当にこの先へ進んでいいんだな?」
「もちろんだ。エルフの矜持を傷つけるような真似はしない」
「……分かった」
こうして竜胆たちはエルドランの横を抜け、彼が出てきた通路を進み始めた。
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