第85話:イグナシオ④

「むおっ!! う、動けん、だと!?」


 彩音のもう一つのスキル【風林火山】は、一文字にそれぞれのスキル効果を持っている。

 故に、ダブルスキル持ちではあるが、それ以上にスキルを持っていると言えるだろう。

 スキル【風】は、風の如し素早い動きを手に入れることができる。

 スキル【林】は、身を隠す者を見つけ、自らの身を隠すことができる。

 スキル【火】は、武器に業火を纏わせて強力な一撃を放つことができる。

 そしてスキル【山】は、その者に二倍の重力を与えて動けなくすることができる。


「ふざけ、おってええええっ!!」

「嘘でしょ! 動けるの!?」


 本来であればこれで相手を動けなくすることができるはずだが、イグナシオはゆっくりとではあるが、間違いなく一歩を踏み出した。


「この程度で、我の動きを止めることが、できると思うなよおおおおっ!!」


 イグナシオが彩音を強烈な殺気を込めた眼光で睨みつける。


「当然、そんなこと思っていないさ」


 そこで声を発したのは、竜胆だった。


「お前はこの異世界のボス、王様なんだろう? フルバーストで身体能力も上がっているんだから、動けて当然だろう?」

「……何が言いたい、貴様!」


 怒声を響かせるイグナシオに対して、竜胆は疾風剣の剣先を向けた。


「一人ひとりならお前に勝てないだろう。だが、こうして力を合わせることができればどうだ? 追い詰めることも、勝つことだってできるってことだ」

「我を追い詰めただと? 勝つだと? 笑止千万! ゴミどもに負けるなど、あり得ないのだ!!」


 そう雄叫びにも似た声をあげたイグナシオの直剣から、緑色の魔力を纏い始めた。


「魔法剣か」

「こいつで貴様らを跡形もなく屠って――」

「それを振れたらの話よね!」

「ぐおっ!?」


 そこへ彩音の声が響き、イグナシオが感じる重力がさらに大きくなる。

 なんとか膝を折ることなく立っているが、それは竜胆たちの前で膝をつきたくないという意地から来るものだった。


「さーて、根比べといきましょうか!」


 しかし、彩音も余裕があるわけではない。

 自らが持つ全ての魔力をスキル【山】へ注ぎ込み、無理をして重力を強化しているのだ。

 ここで倒し切ることができなければ、間違いなく竜胆たちは殺されてしまうだろう。


「竜胆君! 彩音さん!」


 そこへ恭介がポーションをそれぞれに投げ渡した。

 竜胆には中級ポーション、彩音にはマジックポーションだ。


「ナイス、恭介!」

「これでもう少しは耐えられます!」

「まさか、先ほどの瓶が割れる音は、貴様の仕業か!」


 彩音が立ち上がったからくりに気づいたイグナシオは、恭介に怒声を響かせた。

 イグナシオが竜胆の攻撃に恐怖を感じて振り返った時、恭介は気づかれないうちに中級ポーションを彩音めがけて投げていた。

 それが割れて彩音に振り掛かり、彼女は立ち上がることができたのだ。


「こっちは全快だ。さて、耐えられるかな?」

「くそったれがああああっ!!」


 実際は全快とまではいかないものの、イグナシオがそのことを知るすべはない。

 竜胆の挑発を受けて怒声を響かせたイグナシオめがけて、竜胆と恭介が一気に畳み掛けていく。

 スキル【山】のせいで思うように動けないイグナシオは防戦一方となり、体には多くの傷が刻まれていく。

 中には深いものもあり、その表情には焦りの色が濃く出始めていた。


『い、イグナシオ様ああああっ!』


 口上者も実況を忘れてイグナシオの名前を叫ぶだけ、観客席からも応援の声はいまだあるものの、大半が黙り込んでしまっている。

 しかしこの現状を作り出してしまったのは、イグナシオ自身によるところが大きい。

 イグナシオがこの試合を最終試合にしていなければ、そして本来であれば出場できる残り二人の代表者を招き入れていれば、展開はまったく逆になっていたことだろう。

 結局のところ、エルフが持つ高すぎるプライドが、自分たちの首を絞める結果になってしまったのだ。


「これで!」

「終わりだ!」

「ぬおおおおぉぉおおぉぉっ!!」


 竜胆と恭介が左右から同時に剣を振るい、イグナシオを斬り裂いた。

 胸部と背中に深い傷を受け、その体からは真っ赤な血が大量に零れ落ちていく。


「……我が……負ける、だと?」


 そう呟いたイグナシオは、スキルで動きを封じ込めていた彩音へ、一対一で最後まで耐え抜いた恭介へ、そして最後に恐怖を与えた竜胆へ視線を向けた。


「…………あり得、ない」


 最後にそう言葉が零れると、イグナシオは絶命した。

 しかし不思議なもので、イグナシオの体は強烈な重力に晒されながらも膝を折ることはなく、そのプライドを死にながらも守り抜いたのだった。

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