第84話:イグナシオ③

「ふははははっ! 面白い、面白いぞ! これほどまでに多種多様な武器を使いこなす者がいようとはな!」


 恭介は小盾を取り出してからというもの、守りを固めて耐える作戦に切り替えていた。

 とはいえ、イグナシオの強烈な一撃を真正面から受け止めるのは愚策であり、そんなことをしてしまえば一気に体力を削られてしまうだろう。

 故に、恭介は全ての攻撃を受け流すことで、体力の消耗を最小限に抑え、ギリギリのところで生と死の狭間を生き残っている。

 そして、イグナシオは歓喜に沸いていた。それは彼の言葉が物語っている。


(鋼鉄の小盾が三回の受け流しで破壊された。鉄の槍は一撃だ。鋼鉄より固い武具は持っていないから、僕が持つ武具の数しか耐えきれないってことだ)


 恭介は剣道を習っていたが、それ以外の武具にも大小あれど触れてきていた。

 すでに最初に使っていた剣は砕けており、様々な武具を扱うことができる恭介だからこそ、耐えることができていると言えるだろう。

 竜胆でも、彩音でも、この状況を作り出すことはできなかったはずだ。


「反撃はしないのか? ならばこいつで決めてやろう!」


 イグナシオがそう告げた直後、彼が手にしている直剣が緑色の魔力を纏い始める。

 それが何を意味するのかを知っていた恭介は、冷や汗を流しながらグッと奥歯を噛みしめた。


(まさか、魔法剣の使い手だったとはね)


 自らの武器の魔法を纏わせ、魔法の効果を斬撃に乗せて攻撃する剣技が、魔法剣だ。

 今の恭介にできる魔法への対処は回避する以外になく、武具も底を尽きようとしている。


「すぐに死んでくれるなよ!」


 次からは多少のダメージは覚悟のうえで動かなければならないと覚悟を決めた――その時だ。


 ――ドゴオオオオンッ!!


 イグナシオの背後にあった木の壁から、真っ赤な業火と共に大量の黒煙が噴き出した。


「なんだ!」


 魔法の行使を中断し、勢いよく振り返る。


「だらああああっ!!」


 黒煙を突き破り現れた竜胆は、渾身の力で疾風剣を振り抜いた。


 ――ザンッ!


「くっ!」

「浅い! それならまだ――ぐあっ!?」


 追撃するため前に出ようとした竜胆だったが、腹部に衝撃を覚えたと思えば、後方へたたらを踏んでしまう。

 反射的に出たイグナシオの前蹴りが腹部に命中していた。


(くそっ! 絶好のチャンスだったのに!)


 奇襲を失敗し、改めてイグナシオと対峙しなければならない。

 再び魔法で分断されてしまえば元も子もなく、竜胆は痛みに耐えながら前に出た。


「ウインドア――」

「やらせないよ!」


 左肩から出血しながらも、瞬時に体勢を立て直したイグナシオが魔法で迎撃しようとするが、そこへ恭介が襲い掛かった。

 致命傷はないものの、細かな傷が多く、出血量は徐々に無視できないものになってきている。

 当然、動けが動くほど傷口が広がり、出血量はさらに増えてしまう。


「貴様、死ぬ気か!」

「この程度、あの時のピンチと比べれば、どうってことないさ!」


 恭介が言うあの時とは、エルディアスコングと戦った日の出来事である。

 竜胆と恭介は死ぬ可能性の方が高かったはずだが、それでも二人は生き残った。

 それ以前にも恭介は多くのピンチを乗り越えてきた歴戦のプレイヤーである。

 傍から見れば致命傷になりかねない多くの傷も、彼にとっては些細なものなのかもしれない。


「ふんっ! 貴様が動けたところで、我に敵うはずがない!」

「それはどうかな?」

「反射!」


 恭介と斬り合いを見せていたイグナシオの背後から、再び竜胆の斬撃が飛んでくる。

 それも今回は通常の攻撃ではなく、反射による強烈な一撃だ。

 直後、イグナシオは竜胆の一撃に恐怖を感じ取った。


(この一撃は、危険だ!)


 その瞬間、恭介の攻撃をウインドアーマーで威力を減退させつつ、直剣で竜胆の一撃を受けにいく。

 ぶつかり合うと同時に強烈な衝撃波がお互いの武器から放たれ、コロッセオが小刻みに揺れた。


「……くくくくっ、どうやら我の勝ちのようだな!」

「いいや、俺たちの勝ちだ」


 ――バリン!


 すると今度は竜胆の背後で何かが割れる音がする。

 竜胆の背後には木の壁が今もなお健在なのだが、彩音が破壊した部分の木の壁は何故か再生されていなかった。

 これはイグナシオが木の壁に魔力を割く余裕を失った証拠であり、この時点で黒煙の量は少なくなっていた。


「――スキル【ざん】」


 僅かな黒煙の隙間から、倒れていたはずの彩音がびしょ濡れになりながら立ち上がり、スキルを発動する声が聞こえてきた。

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