第83話:イグナシオ②

「くそっ!」


 竜胆は疾風剣で何度も木の壁を壊そうと試みているが、木の枝や葉っぱが僅かに切れるだけで、即座に再生してしまう。

 ウインドアローを受けた時の僅かなダメージの蓄積を反射することもできるが、それで木の壁を破壊できるかどうかは未知数だ。

 それでも可能性があるのであればやるべきだと判断し、竜胆は反射を行使しようとした。


「待ってください、竜胆さん!」


 そこへ彩音の声が響いてきた。


「どうして止めるんだ、彩音!」


 木の壁で分断されたのは恭介だけで、竜胆と彩音は同じ場所に立っていた。

 これはイグナシオがゲームを楽しみたいと思ったからであり、一種の油断と言えなくもなかった。

 そして、そのことを彩音は冷静に分析していたのだ。


「聞こえますか、矢田先輩が戦っている音が」


 彩音の言葉を受けて、竜胆は耳を研ぎ澄ませていく。


 ――ガキンッ! ガンガンッ! ドゴッ!


 微かにではあるが、間違いなく戦闘音が木の壁の向こう側から聞こえてきていた。


「聞こえたよ。でも、だったらなおさら急がないとダメじゃないか!」

「矢田先輩もきっと、私たちが木の壁を破って助けてきてくれると信じて戦ってくれているはずです。でも、その時に竜胆さんが戦える状態でなければ意味がありません!」

「反射を使っても俺は戦えるさ!」

「奥の手は取っておくべきだということです!」

「ならどうするんだ! 木の壁を突破しない限り、俺たちは恭介と合流できないんだぞ!」


 言い争っている間にも、恭介の危機は刻一刻と増している。竜胆が声を荒らげると、彩音は決意の表情で口を開いた。


「私のスキルを使います」

「スキルって、全体指揮だろ? でも、そのスキルで木の壁を突破するのは――」

「使うのはもう一つのスキルの方です」

「……もう一つ、だって?」


 恭介と同じように、彩音もスキルを隠していた。

 もちろんスキル【全体指揮】も授かっているが、彩音が授かったスキルはそれだけではなかったのだ。


「私はダブルスキル持ちなんです」


 プレイヤー協会への登録はスキル【全体指揮】で行い、もう一つのスキルを隠し玉として取っておいた。

 使用する時は誰の目も届かない場所に限っており、ダブルスキル持ちだと知っているのは支部長である拳児だけだった。


(スキル【全体指揮】だけでAランクになれていることに疑問を持たなかったわけじゃないが、そういう裏があったのか)


 現場指揮を任されることのあるAランク以上になるには、ランクに見合った個々の実力も必要とされている。

 彩音のスキル【全体指揮】は自身の強化だけではなく、効果範囲内にいるプレイヤーにも効果を発揮するため、強力なスキルと言えるだろう。

 しかし、スキルを持つ彩音に万が一が起きてしまえば、残るプレイヤーたちはモンスターの餌食になってしまうに違いない。

 周りを強化するだけでは足りず、自身の強化もそれなりだけでは意味がない。

 現場を指揮し、確実に生き残れるだけの実力が備わっていなければ、Aランクにはなれないのだ。


「私のもう一つのスキルは【風林火山】」

「風林火山って、戦国武将の武田信玄が軍旗にしたって、あれか?」

「そうみたいです」


 竜胆の問いに答えながら、彩音は剣を鞘に納めると、身を低くして居合の構えを取る。

 目を閉じ、意識を次の一刀に集中させ、ゆっくりと、そして長く息を吸い込んでいく。そして――


「……スキル【】」


 そう口にした直後、彩音の居合斬りが木の壁に向かって放たれた。

 剣が鞘から抜き放たれる直前、真っ赤な魔力が剣身を纏い、魔力はそのまま業火へと変貌していく。

 イグナシオは木の壁の一部に脆い場所を作ったと恭介に語っていたが、彩音がその事実を知るすべはない。

 根気よく探していれば見つけられたのかもしれないが、そんな時間的猶予はなかった。

 だからこそ、彩音は敵がいない今の状況を見て、自分が木の壁を破壊する役を買って出たのだ。


 ――ドゴオオオオンッ!!


 強烈な一撃が、業火と共に木の壁に炸裂する。

 轟音と共にコロッセオ全体が大きく揺れた。

 放たれた業火は木の壁を赤々と燃やし、照らしている。

 黒煙が立ち上る中、竜胆の視界は黒煙の先に破壊された木の壁を捉えていた。


「再生するかもしれません! 竜胆さん、行ってください!」

「分かった!」


 何度攻撃を加えても破壊できなかった木の壁を一撃で破壊したのだ、それ相応の反動が彩音に襲い掛かっているかもしれない。

 そう考えた竜胆は、彼女の指示に従い破壊された木の壁の方へ駆け出していく。


「必ずあとで合流します! 矢田先輩を頼みました!」

「任せてくれ!」


 黒煙の中に消えていった竜胆を見送った彩音は、微笑みを浮かべながらその場に崩れ落ちた。

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