第82話:イグナシオ①

「ふんっ!」


 開始の合図と同時に、イグナシオの体から金色の魔力が放たれると、その身を包み込んだ。


「金色の魔力のフルバーストだって!?」

「ボスモンスターがそれを使うの!?」


 金色の魔力を目にした途端、恭介と彩音が順番に声をあげた。

 自らの身体能力を引き上げる魔法、それがフルバーストだ。

 魔力の質によって強化される幅が変わってくるのだが、金色の魔力は身体能力を二倍にまで引き上げてくれる。

 フルバーストを使うモンスターは通常個体にもいるが、引き上げられる幅はそこまで大きくない。

 恭介も彩音も、金色の魔力を放つフルバーストは初めてであり、相手がボスモンスターであることも加味されて驚愕してしまう。


「先ほどの言葉、そっくりそのまま返してやろう。最初から全力で潰させてもらう!」


 一歩を大きく踏み出したイグナシオ。

 その一歩があまりに強烈であり、舞台に大きな亀裂を作り出す。


「まずは貴様だ――女!」


 一瞬のうちに詰められる間合い。

 直剣の長さを活かし、彩音の間合いを外れた場所から鋭い一閃が振り抜かれる。


 ――ガキイイイインッ!


「……我の一撃を受け止めるか」

「……ギリギリだけどね」

「どらあっ!」

「はあっ!」


 恭介にはイグナシオの動きが見えていた。

 瞬間の判断、恭介はマジックバッグからトロールの欠けた大剣を取り出し、盾代わりに地面へ突き刺し、自らの体に力を込めて踏ん張りを利かせていた。

 結果、イグナシオの一閃を受け止めることに成功し、即座に竜胆と彩音が反撃に転じた。


「ウインドアーマー」

「風が!?」

「きゃあっ!?」


 竜胆と彩音の攻撃が当たると思った瞬間、イグナシオを中心に外側へ強烈な突風が吹き荒れた。

 あまりの突風に二人だけではなく、大剣を突き刺していた恭介までもが吹き飛ばされてしまい、一瞬の攻防ではあったものの振り出しに戻されてしまう。


「ウインドアロー」


 続けざまにウインドアローが放たれると、今回は彩音だけではなく、三人へ満遍なく放たれた。


「各自応戦! ただし単身で突っ込み過ぎるなよ!」

「「了解!」」


 個々では倒すことができないと判断した竜胆は、ウインドアローへ対応しながら合流することを優先することにした。

 だが、イグナシオが黙ってそれを許すはずもなく、魔法を行使しながら自らも動き出していた。


「優先して叩くべきは、貴様だったか」

「行ったぞ――恭介!」

「見えているさ!」


 鋭く振り抜かれた直剣を、恭介はウインドアローを回避しつつ自らの剣で受け流してみせた。


「さすがだ」

「君に褒められても、嬉しくはないな!」


 スキル【戦意高揚】によって自らの身体能力を向上させた恭介は、受け流すだけではなく反撃に転じた。

 だが、恭介の一撃はイグナシオにたやすく受け止められてしまい、軽く振っただけで大きく後退させられてしまう。


「くっ!」

「恭介! 無理をするな!」

「すぐに行きます! 耐えてください!」

「来させるつもりはないぞ?」


 竜胆と彩音がダメージ覚悟で駆け出そうとした直後、舞台上に一度目にしたことのある魔法が顕現する。


「嘘だろ、くそったれが!」

「ウッドラビリンス」

「矢田先輩! 矢田先輩!!」


 ――ドドドドドドッ!


 舞台上に木の壁が顕現し、恭介は完全に二人と分断されてしまった。


「部下の魔法を、我が使えないはずがなかろう?」

「……これは、万事休すかな?」


 冷や汗が恭介の頬を流れていく。

 分散されていたイグナシオの覇気が恭介に集中しており、噴き出す汗を止められなくなっていた。


「でもまあ、早々に諦めるつもりは毛頭ないけどね!」


 まるで自分を鼓舞するように、恭介は力強くそう口にしながら剣を構えた。


「この期に及んで剣で対応するだと? そのマジックバッグに、もっと姑息な手段を入れているのではないのか?」

「さっきの大剣のことかい? あれはたまたま最初の試合でドロップしただけだろう?」

「我の初見の攻撃を見極めての判断、あれは素晴らしいものがあった。故に、もっと準備をしているのだろう?」


 まるでそうであるのが当然のようにイグナシオは言葉を並べていく。

 事実、恭介はマジックバッグの中に様々な状況へ対応するべくアイテムを大量に入れており、それらを駆使した戦闘にも慣れている。


「……まったく、見透かしてくれるじゃないか」

「一つ、ゲームをしようじゃないか」

「ゲームだって?」


 恭介が白状したところで、イグナシオはニヤリと笑いながらそう提案する。


「木の壁の一部に脆い場所を作っておいた。仲間がそれに気づき、木の壁を破壊するまでの間、耐えてみるんだな」

「耐えることができたら、僕にいいことでもあるのかな?」

「仲間に見守られながら死ぬことができる、ただそれだけだ」

「……はっ、舐めたことを言ってくれるじゃないか」


 小さく息を吐いた恭介は、表情を引き締め直すとマジックバッグから小盾を取り出した。


「そう言うなら、耐えに耐えきって、みんなでお前を倒してみせるさ」

「面白い、やってみるがいい!」


 獰猛な笑みに変わったイグナシオが、舞台を破壊しながら前に出た。

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