第81話:コロッセオ⑨
無傷で勝利することはできなかった。
しかし、誰も死ぬことなく勝利を手にすることができた。
「みんな、第三試合もお疲れ様」
「とりあえずは全員、生きているね」
「当然ですよ!」
竜胆がねぎらいの言葉を掛けると、恭介がみんなの無事に安堵し、彩音は当然だと胸を張る。
『……そん……な……』
口上者が愕然とした声を漏らし、観客席も静寂に包まれている。
これからどのような口上をするのかと、竜胆は内心で楽しみになっていた。
『ふん、ゴミにしてはなかなかやるではないか』
だが、先ほどまでの口上者とは異なる声が、コロッセオに響き渡った。
「……誰だ?」
『我はこの世界の王、イグナシオ・アバルディオスである』
このタイミングで異世界側のトップが出てくるとは思わず、竜胆たちは顔を見合わせる。
『認めよう、貴様らは強い。だが、ゴミであることには変わりない』
「何が言いたいんだ?」
強いことは認めるも、ゴミはゴミだと言い切ったイグナシオに、竜胆は苛立ちを覚える。
『残すところあと二試合だが……面倒だ、次の試合を最終戦としてやろう』
王の言葉に観客席からざわめきが起き、そして大歓声へと変わっていく。
「うおおおおっ! さすがは我らが王だ!」
「ゴミどもを叩き潰してください! 王よ!」
「イグナシオ! イグナシオ! イグナシオ! イグナシオ!」
大歓声はイグナシオを讃える声へと変わり、コロッセオ全体が大きく揺れ始めた。
(個人的にはたくさんのモンスターを倒したかったが……消耗戦は願い下げだからな)
スキル【ガチャ】を発動するにはモンスターを倒さなければならず、竜胆としては試合数を減らすことはなるべく避けたいところだ。
とはいえ恭介と彩音に無理を強いるわけにもいかないし、何より敗北はイコール死を意味するため、最優先事項を見誤るわけにはいかなかった。
「……いいだろう。お前の提案、乗ってやるよ」
『しばし待て、今からそちらへ行ってやろう』
イグナシオがそう告げた直後、観客席の一部が吹き飛んだ。
その場には噴煙が漂い、座っていただろう観客が宙を舞い、そのまま別の観客席に落下していく。
「な、なんだ?」
竜胆が驚きの声を漏らした瞬間、噴煙の中から何かが飛び出してくると、舞台の中央に着地した。
「……ふぅ、待たせたな」
コロッセオに響いていたのと同じ声が、舞台に着地したモンスターから放たれる。
「……イグナシオ・アバルディオス」
イグナシオを目の当たりにした竜胆は、やや緊張気味にその名を呟く。
それは目の前に現れた瞬間から、イグナシオが放つ覇気に尋常ではないものを感じ取ったからだ。
「ほほう? 我を見て、その名を口にすることができるとはな」
意図して覇気を放っていたのだろう、イグナシオはそう口にすると獰猛な笑みを浮かべる。
「……あんた、強いな」
「当然だ。我は最強種の中の最強の王なのだからな」
絶対的な自信から来る発言に、今までの相手であれば軽く言い返すことができた竜胆も、イグナシオ相手には何故か簡単に言い返すことができないでいる。
それだけの雰囲気を、イグナシオは持っていた。
『……あ、あのー、陛下? 残り二名の代表者は、どなたなのでしょうか?』
そこへ最初の口上者の声がコロッセオに聞こえてきた。
その声音はやや震えており、発言を一つでも間違えれば自分が殺されるのでは、という恐怖が伝わってくる。
「我がゴミを排除するのに、手助けが必要だというのか?」
『め、めめめめ、滅相もございません! 大変失礼をいたしました!!』
口上者の質問にイグナシオが答えると、彼は即座に謝罪を口にして黙り込んでしまった。
「……邪魔が入ったが、今の発言通り、我は一人だ。思う存分戦おうぞ」
そう口にしたイグナシオは、美しいエメラルドグリーンの長髪を揺らしながら、腰に差していた長剣を抜き放った。
「まあ、血しぶきをあげるのは、ゴミである貴様らなのだがな」
「こっちは負けるつもりなんて、さらさらないんだ」
「そうだね。最初から、全力でいくよ」
「これはさすがに、私も隠し玉を見せるしかなさそうかな」
獰猛な笑みを浮かべるイグナシオを、三人が睨みつけながら武器を構えた。
『……そ、そそそそ、それではああああっ! 最終試合――開始いいいいっ!!』
いまだ震えが止まらない口上者により、開始の合図が響き渡った。
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