第78話:コロッセオ⑥

 剣のエルフの剣術は、竜胆と同等か、もしくはそれ以上のものを持っていた。

 スキル【中級剣術】を使っても押し切れず、時折鋭い反撃を受けて冷や汗をかいてしまう。

 それでもなんとか戦えているのは、スキル【共鳴】のおかげだった。


(共鳴じゃなく、下級土魔法を削除しておいてよかったな)


 魔法を削除したことを後悔したばかりだったが、すぐにその思いは覆った。


「だが、いい勝負で終わらせるつもりは、ないんだよ!」


 スキル【共鳴】が発動しているということは、半径一〇メートル以内では今も恭介と彩音が戦ってくれているということだ。

 ならば自分が負けるわけにはいかないと、竜胆は疾風剣を握る手に力を込める。


「くははははっ! 気合いを入れたところで実力差が覆るわけではないわ!」


 とはいえ、剣のエルフの言う通り、多少鋭さを増したからといって竜胆の攻撃が当たるようになるわけではない。

 そのことを理解しているからこそ、剣のエルフはまだまだ余裕を持って戦えていた。


(まだ、まだだ、もう少し、耐えられれば!)


 しかし、竜胆も意味なく気合いを入れ直したわけではない。彼にとってこうすることが、勝利への近道だと理解していたのだ。


「耐えるだけでは話にならんぞ、ゴミめがああああ!」


 剣のエルフの猛攻は徐々に苛烈さを増していき、竜胆は知らないうちに後退していく。

 そして、気づけば木の壁の間際まで追い詰められていた。


「……」

「くくくくっ。なんだ、諦めたのか? ならばその両足、切り落としてくれるわ!」


 無言のまま、やや下を向いたままの竜胆を見た剣のエルフがそう口にする。

 そして、獰猛でありながらも満面な笑みを浮かべると、姿勢を低くして湾曲した剣を横に薙いだ。


 ――ガキンッ!


「……なんだ、まだあがくのか?」

「いいや? ここから――反撃開始だ!」


 下半身に力を込めた竜胆の前蹴りが、姿勢を低くしていた剣のエルフの顔面を捉える。

 そのまま仰け反りながらも追撃を逃れるため大きく飛び退いた剣のエルフだったが、竜胆はその動きを予測し全力で駆け出していた。


「この、ゴミめがああああっ!!」

「遅い!」


 眼光で射殺さんとするほどに睨みつけながら振り下ろされた湾曲した剣だったが、竜胆は体を半身にすることで紙一重の回避を見せつけ、勢いを殺すことなく左足を軸に回転斬りをお見舞いする。

 素早く腕を引いて受け止めた剣のエルフだったが、視界の外から強烈な打撃が左脇腹を襲い苦悶の表情を浮かべる。


「ぐがっ!?」


 左脇腹を襲ったのは、疾風剣の柄頭だった。

 回転斬りを受け止められたと判断した直後から軌道を修正、左脇腹までの最短距離を進んで攻撃を当てている。


「まだまだ!」

「くそっ! なんなのだ、こいつは! いきなり動きが――ぐはっ!?」


 よろめいた剣のエルフめがけて大きく一歩を踏み出しての袈裟斬りは間違いなく湾曲した剣に受け止められた。

 だが、竜胆の一撃は最初の時に比べてより強烈なものへと昇華され、剣のエルフは受け止めきれず愕然としながら片膝を舞台につけてしまう。


(いったい何が起きているのだ! こいつはゴミだ! そんな奴が最強種である我々エルフに勝てるはずが――)

「戦闘中に考え事か?」

「ぐがああああっ!?」


 思考が吹き飛ぶほどの激痛が、剣のエルフの右腕に走った。

 それは右腕の肘から先がなくなったことによる激痛であり、湾曲した剣が右手と共に宙を舞う。

 何が起きたのか理解できていない剣のエルフは、宙を舞い、そのまま舞台にドンッと音を立てて落ちた右手をただただ見つめていた。


「……は……はは……嘘だ。こんなこと、あり得ない」

「右腕を失ったくらいで戦意喪失か。こんな奴がエルフの精鋭とはな」


 茫然自失の剣のエルフを見下ろしながら、決着をつけるべく竜胆は疾風剣を振り上げた。


「……魔法だ! 魔法で援護しろおおおおっ!!」

「こいつ! まだやる気か!」


 プライドの高いエルフがついに、自身の命可愛さに約束を違えた。

 まるで悲鳴にも似た声で指示を出したことで、竜胆は意識を周囲の木の壁にまで向けていく。


「……何も、起きない?」

「…………な、何をしている! 早く我を援護しろ! 助けるのだ! それでも精鋭の魔導……師…………は?」


 突如、剣のエルフから驚きの声が漏れ聞こえてくる。

 それと同時に深緑だった木の壁が茶に枯れ果てていき、木の迷路は見るも無残に消失してしまった。


「さすがは竜胆君だね」

「こっちは終わってますよ! あとは任せました、竜胆さん!」

「……恭介、彩音!」


 木の迷路がなくなった先には、軽傷を負ってはいるものの元気に立ち続けている恭介と彩音の姿があり、二人の足元には弓のエルフと杖のエルフの死体が転がっていた。


「……な……なな、何故だああああっ!? 何故だ、何故だ、何故だ何故だ何故だああああっ!?」


 自分たちが負けるとは思ってもみなかった剣のエルフは、絶望の声をコロッセオに響かせる。


「……終わりだ」

「ああああぁぁああぁぁっ!! あとのことはお任せいたします!! ゴミどもを、ゴミどもをおおおお――!?」


 ――ザンッ!


 剣のエルフの首が、竜胆の手によって刎ねられた。

 だが、不思議なものである。

 死の恐怖に錯乱していたとは思えないほど、首を刎ね飛ばされた剣のエルフの表情は歓喜の笑みを刻んでいたのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る