第77話:コロッセオ⑤
「ウッドラビリンス」
初手は杖のエルフだった。
魔法により舞台上に大量の木々が突如生え出てくると、それらが壁を形成し、疑似迷路を一瞬のうちに作り出してしまった。
「ちっ! 分断されたか!」
迷路は動き出していた竜胆たちを分断するように壁を作っており、三人はそれぞれの戦いを強いられることになってしまう。
「この! 切れろ!」
竜胆が何度も疾風剣を振るうも、木の壁は僅かに枝が切れるだけで反対側に通じることはなく、さらに切れた場所からすぐに再生を始めてしまう。
「……これは、魔導師を先に見つけて倒した方が早そうだな」
木の壁を破壊することを諦めた竜胆は、意図的だろうか、唯一通れるようになっている壁のない方向へ視線を向ける。
「恭介も彩音も強い。それなら俺は、自分が生き残ることだけを考えるとするか」
恭介と彩音のためにも、何より今も苦しんでいる鏡花のためにも、ここで死ぬわけにはいかない。
小さく息を吐き、集中力を高めて歩き出した。
(敵の気配はない。だが、ここは魔法で作られた迷路の中、ということは――)
――シュッ!
「そう来るよな!」
木の壁から鋭く尖った枝が竜胆へ襲い掛かった。
素早く疾風剣を振り抜き切り落としたことで事なきを得たが、一瞬でも気を抜けば串刺しになりかねない。
(まったく、魔法ってのは厄介だな)
今になってスキル【下級土魔法】を削除したことを少しばかり後悔してしまうが、そうも言ってはいられない。
「またか!」
不規則なリズムで木の枝が襲い掛かり、竜胆は対応のため思考が中断されてしまう。
(くそっ! なんなんだ、このリズムは! 上手く対応、できない!)
少しずつ迷路の奥へ足を進めているものの、木の枝による攻撃は苛烈を極めていく。
それにもかかわらず攻撃一辺倒ではなく、不規則なリズムで攻撃してくるため、精神的疲労が蓄積されてしまう。
「その表情が見たかったのだよ!」
「なっ!?」
突如、上空から声が響いてきた。
同時に木の枝による一斉攻撃が開始され、竜胆は切り札の一つを切らされることになった。
「仕方ない――反射!」
木の枝による攻撃で蓄えたダメージを、ここで一気に放出する。
狙いは壁ではなく――足元だ。
――ドゴオオオオンッ!
強烈な一撃が舞台を粉砕し、あまりの衝撃に木の枝が折れて吹き飛んだ。
「な、なんだそれは!?」
落下の速度すらも僅かに緩和するほどの衝撃に、剣のエルフは驚愕の声をあげながら、それでも一撃で仕留めんと剣を振り下ろした。
「やられるかああああっ!」
渾身の切り上げを放った竜胆の疾風剣と湾曲した剣が激突、お互いに鬼気迫る表情のまま、剣のエルフの方が大きく打ち上げられた。
「ちっ! ゴミの分際で生意気な!」
そのまま木の壁に掴まり体勢を立て直すと、少し離れた舞台へ着地する。
「……なんだ、安心したよ」
そこで竜胆は余裕の笑みを浮かべながら、そう口にした。
「何を言っている?」
「何って、最強種なんて言うから、もっと強い奴らなのかと思っていたんだが……仲間の力を借りないと戦えないような弱い種だったから、安心したって言ったんだ」
竜胆の笑みは、はったりだ。
ただし、なんの策もないはったりではなく、エルフという種を理解しているからこそのはったりでもあった。
「な、なんだと?」
「一対一では戦えない、相手を倒すことのできない種なんだろう? 事実、今の攻撃も仲間の力を借りてようやく姿を見せたわけだし、それで決めきれなかったんだ。それは自分たちが弱い種だと、自分たちで知らしめているだけじゃないのか?」
「わ、我らは高貴な最強種だ! ゴミ如きが愚弄するとは、万死に値するぞ!」
竜胆はエルフが非常にプライドの高い種族だと理解していた。
だからこそプライドを逆なでするような挑発を行い、冷静な判断を下せないよう仕向けている。
「それも仲間の力を借りないとできないんだろう? 本当の最強種なら一対一でも戦えるだろうに、呆れた物言いだな」
「いいだろう! 貴様だけは我が直々に殺してやろう! ただし、楽には殺さん! 殺してくれと懇願するような地獄の苦しみを与えながら、ゆっくりとなぶり殺しにしてくれるわ!」
剣のエルフが竜胆の挑発に乗ると、切っ先を向けながら大声をあげる。
「我とこいつの周りを囲め! 手出しは許さんぞ!」
直後、迷路のように壁を作っていた木が蠢きだし、舞台の上に円状の壁を形成する。
「ここが貴様の墓場となるのだ!」
「いいねぇ、そうこなくっちゃな!」
竜胆は内心でホッとしながら、それでも剣のエルフから放たれる強烈な殺気から、油断ならない相手だと気を引き締め直す。
(ここからが本番だ。魔導師から片付けたかったが、こうなっては仕方がない)
「殺してやるぞ、ゴミめが!」
怒声を響かせながら突っ込んできた剣のエルフを見据え、竜胆は疾風剣を構える。
「時間を掛けずに終わらせる、いくぞ!」
激しい剣戟音が、円状の木の壁の中から何度も響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます