第76話:コロッセオ④
『……こ、これより、第三試合の準備を始めますので、少々お待ちください』
しかし、すぐに第三試合が始まることはなく、しばし準備の時間が間に入った。
「なんだ、休憩はないんじゃなかったのか?」
口上者の言葉に肩透かしを食らった竜胆だったが、恭介と彩音はホッと息を吐き出した。
「ん? どうしたんだ、二人とも?」
「どうしたって、ホッとしたんだよ」
「そうですよ! これでも疲れているんですからね!」
二人からそう告げられたが、竜胆は自分がそこまで疲れていないため首を傾げてしまう。
「どうして竜胆さんは疲れていないんですか?」
「いや、どうしてって言われてもなぁ……」
「……もしかして、スキル【共鳴】のおかげじゃないかな?」
理由が思いつかない竜胆に変わり、恭介がその可能性を口にした。
「どうして共鳴で俺だけ疲れないんだ?」
「新人プレイヤー用の扉の時は僕だけだったけど、今は彩音さんもいるじゃないか」
「……あっ! 人数が増えたことで、共鳴の能力が強化されたってことか?」
恭介が言わんとしていることに気づいた竜胆がそう口にすると、彼は大きく頷いた。
「そこに彩音さんのスキル【全体指揮】が加わったんだ、竜胆君だけ僕や彩音さんに比べて強力なバフが掛かったと考えるのが普通じゃないかな」
「なるほど、それであれば納得です!」
恭介の説明に彩音が納得の声をあげると、彼女はふと考え込んでしまう。
「……どうしたんだ、彩音?」
「いえ、そうなると、私たちの最大戦力は竜胆さん、ということになるのではないかと思いまして」
「はあ? なんで俺なんだ? そこは絶対にAランクの彩音かベテランの恭介だろうに」
「僕も彩音さんの意見に賛成だな」
「恭介まで、何を言っているんだ?」
彩音だけではなく恭介まで賛成するとは思わず、竜胆は困惑してしまう。
「先輩や高ランクのプレイヤーを敬うのはありがたいですけど、冷静に実力を分析するのもプレイヤーには大事なことですよ?」
「いや、それはそうだが」
「そこまで強く否定しなくてもいいと思うよ。あくまでも共鳴と全体指揮を使った竜胆君が、という意味だからね」
身体能力が高いに越したことはないが、だからといってそれだけで実力が決まるわけではない。
ただし、それは圧倒的な身体能力があれば覆すことのできない差となって表れてしまう。
二試合を連続で戦い、その結果として竜胆だけが疲れを見せていないことから、今回の彼がそれにあたるのだと、恭介を彩音は考えたのだ。
「僕たちも自分の実力や経験を蔑ろにしているわけじゃないさ」
「そうですよ! バフがない時に負けるつもりはまったくありませんからね!」
そう口にした二人の表情は自信に満ち溢れており、竜胆はぶるりと武者震いしてしまう。
「……はは、確かにその通りだ。俺も負けないようにしないとな」
「おっ! 言いますね! それじゃあここを攻略して戻ったら、一度私と模擬戦をしましょうよ!」
「それは僕も興味があるな。竜胆君とは一度、本気で戦ってみたいからね」
「そ、それは遠慮してほしいかな」
二人と本気で戦って、ケガをしない自信がないとやや表情を引きつらせる竜胆。
『皆様! お待たせいたしました! 第三試合の準備が整いましたー!』
すると、このタイミングで口上がコロッセオに響き渡った。
『挑戦者たちの予想外な奮戦により、第一、第二試合は皆様を楽しませることが叶わず、申し訳ございませんでした!』
「何が予想外の奮戦だ」
口上者の言い回しに愚痴をこぼしながらも、竜胆は耳を傾ける。
『しかーし! ここからがコロッセオの本番と言っても過言ではないでしょう! 何せここまでの代表は奴隷であり、誠の実力者ではなかったのですから!』
弾むような口上者の言い回しに、相当な自信が窺える。
『それでは登場していただきましょう! 我らが世界の創造神に創られた最強種! エルフの精鋭たちです!』
口上に合わせて姿を見せたのは、耳が極端に尖ったモンスター、エルフだ。
彼らは眉目秀麗であり、長身痩躯。
パッと見は第一、第二試合で対戦したトロールやドワーフの方が強そうに見えるが、彼らが放つ殺気、威圧感は比較にならないほど凶悪なものがある。
それだけで今までのように無傷の勝利は難しいと竜胆たちは感じていた。
「我らが奴隷をよくも殺してくれたものだ」
「まったく、家畜を用意するのも大変だというのに」
「貴様らが代わりに家畜となるか? いいや、無理か。貴様らはゴミ以下だからな」
まるで勝利を確信したかのような表情で、竜胆たちを見下しながらそう口にするエルフたち。
彼らは弓、杖、湾曲した剣をそれぞれが手にしており、ニヤリと笑いながら武器を構えた。
それを見て竜胆たちも武器を構えるのに合わせ、口上がコロッセオに響いた。
『それでは御覧に入れましょう! 最強種により殺戮を! 挑戦者たちの血しぶきを! 第三試合目――開始いいいいっ!』
開始の合図と共に、両者が同時に駆け出した。
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