第79話:コロッセオ⑦

 ――時は少し遡る。


「なるほど、各個撃破に切り替えてきたってことか」


 木の壁によって分断された直後、恭介はそんな感想を口にしていた。


(剣、弓、そして杖を持ったエルフが三人。この魔法は杖を持ったエルフの仕業だろうけど、僕の方にはどっちが来るのかな)


 冷静にこの場の状況を分析していた恭介も、竜胆と同じく木の枝による攻撃を受けていた。


「よっ! ほいっ! まあ、こんな感じの壁なら、攻撃も来るよね! そりゃ!」


 しかし、恭介は過去に攻略した扉でも同様の異世界を攻略していた。

 どのような攻撃が来るのか、何に対して注意すべきなのか、それらを経験則から読み解き、冷静に対処して見せる。


「ん?」

「どうやら我の相手は、強者のようだな」


 木の枝を難なく対処している恭介が曲がり角を進むと、通路の先に弓のエルフが姿を現した。

 だが、弓を使う相手だからだろう、弓のエルフは舞台の端に立っており、すでに矢を射る準備を整えていた。


「せめて苦しまずに殺してやろう! ウインドアロー!」


 大きく見開いた目で恭介を見据え、風を纏った矢が放たれた。

 風の推進力を受けたウインドアローは、彼我の距離を一秒と掛からず埋めてしまう。


「はっ!」


 ――ガキンッ!


「な、なんだと!?」


 しかし、恭介は不意打ちにも似たウインドアローを初見で切り捨ててしまった。


「まったく、危ないじゃないか」

「……くっ! まだまだ!」


 弓のエルフは驚きのあまり乱していた呼吸を瞬時に整え、素早く矢を引き絞り、そして放つ。

 一連の動作を間断なく行い、連続でウインドアローを恭介めがけて射始めた。


(本当なら一気に間合いを詰めたいところだけど、そうすると竜胆君から離れすぎてしまう危険性が高い。……仕方がない、今は相手の土俵で戦ってみるかな)


 単純に遠くからまっすぐに飛んでくる矢であれば、恭介が危険を感じることはない。

 冷静に速度と軌道を見極め、そこに剣を振れば対処できてしまうからだ。

 とはいえ、これが常人には難しいことであり、剣の道を進んできた矢田恭介というプレイヤーだからこそ成し得る技だった。


「ふははははっ! やはり我の目に狂いはなかった! 貴様がこの中で最強のゴミだな?」


 すると突如、弓のエルフがそのようなことを口にした。


「僕が最強だって?」

「我の弓を難なく切り捨てる技量! 貴様なら我の奴隷としてやってもよい! どうだ、こちらに来るであろう?」


 矢を射る手を止めてまでの発言に、恭介は唖然としてしまう。


「……あはは! 君はおかしなことを言うものだね!」

「貴様! 我を笑うとは、不届きであるぞ!」


 弓のエルフの発言がおかしかったのか、恭介は突然笑いだした。


「いや、ごめんよ。君がものすごい勘違いをしているから、おかしくなっちゃってね」

「勘違いだと?」

「うん。僕が三人の中で最強だって言ったけど、それはまったく違うんだ。むしろ、僕は最弱になるだろうね」


 そう口にした恭介は、何故か嬉しそうに笑った。


「何を寝ぼけたことを。我の矢を切り捨てる貴様が最弱だと?」

「その自分を中心にして考えるところ、直した方がいいと思うよ」

「ゴミめが! 我を愚弄するか!」

「愚弄はしてないけど、注意してあげているだけさ」

「ふざけるな!」


 恭介の言葉に怒りを露わにした弓のエルフは、この戦いを終わらせようと、再び矢をつがえた。


「もうよい! 貴様のようなゴミ、こちらから願い下げだ!」

「それはこっちのセリフなんだけど、まあいいさ」

「こ、殺してやる!!」


 大きく見開かれた目で恭介を睨みつけた弓のエルフを中心に、周囲へ強烈な風が吹き荒れる。

 木の壁が大きく揺れ、枝葉が宙を舞っていく。


「それじゃあ僕も、様子見はこれくらいにしようかな」

「最初から本気を出さなかったこと、後悔する暇すら与えんぞ!」


 弓のエルフがそう口にした直後、つがえた矢だけではなく、矢筒に残っていた六本の矢が宙を舞い、鏃を恭介に向けて止まった。


「セブンス・デスアロー!」


 宙に浮いた六本の矢と、つがえていた一本の矢が、同時に恭介へ襲い掛かった。

 それでも矢の速度、軌道は異なっている。

 恭介は全ての矢の速度と軌道を見極め、一本ずつ確実に対処していく。

 そのまま二本目、三本目と回避し、受け止めていきながら、五本目まで対処した時だ。


(なるほど、狙ってやっているわけか)


 気づけば背後に木の壁があり、左右にも逃げ場がなくなっている。

 必死の矢で追い詰めていくところが極悪だなと思いつつも、恭介は六本目の矢を切り捨てながら弓のエルフを見た。

 追い詰めることができたからか、すでに勝利の確信したような笑みを浮かべている。


(……少しだけ、イラっとするなぁ)

「死ね! ゴミがああああっ!」


 袋小路に追い詰められた恭介めがけて、一直線に暴風を纏った一矢が放たれた。

 舞台を抉りながら迫ってくる矢を見た恭介はスキル【戦意高揚】を発動、集中力を高めながら剣を構え、そして振り抜く。


 ――ザンッ!


 暴風に体を切り裂かれながらも一切の乱れなく、恭介は剣を振り抜いて鏃から縦に矢を切り裂いた。


「終わりだああああっ!」


 直後、通路の先に立っていたはずの弓のエルフが、恭介の背後にある木の壁から飛び出してきた。

 その右手には短剣が握られており、恭介の首を切り裂こうと鋭く振り抜かれた。


「そう来ると思ったよ!」


 すると恭介は、矢を切り裂いた動きを止めることなく片手を舞台につけて前転、振り上げた右足で短剣を蹴り上げると、その足が舞台に降りてきたと同時に剣を斬り上げた。


「……な……なん、だと?」


 股から頭までを一気に切り裂かれ、弓のエルフは何が起きたのかすぐには理解できなかった。


「君が終わりだったね」


 そう口にした恭介が上段斬りを放ち、弓のエルフの体が左右に割れたのだった。

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